12/31/07
大晦日2(年末とは?)
科学ではっきりし、マスコミが報道して一般化するまで意見を言えないのではなく、マスコミで一般化しているけれども、どこかおかしい思ったら、その時点で言える・発信できることが必要でしょう。
私のコラムでは、マスコミの後追いをしても仕方がないのです。
私の専門の法律の分野でもそうですが、多数意見ばかり知りたいならば、いくらでも教科書が売っていますので、このコラムを読まなくとも解説の本を買って読めば分かるのです。
科学者の発明発見も、最初は思い付きを実験して行って実証するものです。
我々法律家も、事件のスジを見て何かおかしいと思いつくことが重要で、その直感から判例を調べていくと道が開かれることが多いのです。
ここから年末年始休暇の話題に変りますが、我が家では、子供の小さいころには、年末の休みを利用して1週間単位の家族旅行を楽しんだものでした。
(正月初めころには、家に帰ってごろごろして休むのです。)
そうした旅のひとつとして、日本神話の大元の宮崎神宮や、霧島神宮・・さらには簡素な鳥居だけがある高千穂の河原などを年末に参拝して歩いたことがありましたが、どこでもお正月の準備で、大工さんが賽銭箱や参拝客用の板張り(石段にかぶせるものです)を作ったりしていて、その仕事を邪魔しないように積み上げた木材をよけながら子供を抱っこして石段を上がったり、神社仏閣の舞台裏を見て回ることが多かったのです。
那智大社・熊野権現へ行ったときもそうでした。
タクシー運転手さんは、変な観光客だと思っていたかもしれません。
古代神話の有り難味を知るよりは、宗教組織も収入がなければやって行けない現実を知る旅が多かったものです。
こうして日本各地の神社仏閣を経巡って育った子供たちは、森の宗教・・自然の神秘には触れたでしょうが、どのような宗教観を育くんだのでしょうか?
子供がある程度育ってからは、年末の行事は海外旅行に転じ、マレーシャなど南国のクリスマスを経験してきました。
冷房の必要な熱帯で、半ズボン・サンダルで歩きながら見るクリスマスツリーは、また異色なものでした。
年末年始のケジメを感じるのは、やはり日本の神社仏閣の専売でしょうか?
西洋・キリスト教徒では、その直前のクリスマス行事が中心になる関係で新年の印象が薄いのです。
そして、わが国もクリスマス行事が盛んになるにつれて、その分元旦の役割・比重が低下してきた感じです。
当然、そのイヴである大晦日の役割も低下してきます。
みそかとみそぎとは、もしかしたら元は親戚だったかもしれませんが、1年の借りをすべて清算して終わるというケジメをつける習慣も何となく薄れてきた年の暮れです。
1年のことは何もかもさっぱりと洗い流して忘れてしまうための忘年会も何となく昔ほどでもないし、そのセットになっていた新年会も減りました。
と言うよりは、ずっと前から「今年は忘年会の代わりに新年会をやりましょう」みたいになって、何か済ませごと・・義務になって久しいのです。
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