12/30/07

不在地主復活の亡霊5(地主発生の基礎4)

このように、明治政府の子沢山政策・・都市労働者創出政策は思わぬ方向へ進み、他方で大規模農業への経済基盤が出来ていなかったことからイギリスの囲い込みのようにうまく行かなかった点について、11/28/07「農地開放政策の意義2(GHQの占領政策1)」前後のコラムで紹介してきました。

以上のような明治以降戦前までの農地売却と比較して、高度成長期以降の農地の売却・耕作放棄は、借金のカタに取られるのを防ぐ意味ではなく、農業にこだわるよりは、より有利な仕事がある・・ことが主な原因です。

兼業化等による耕作能力不足・・草ぼうぼうで管理できない、あるいは畑のままよりはアパート経営に転じた方が良い・・あるいはデベロッパーに売却した資金で、自分(の息子)は別の仕事・・自動車修理やと電気工事業を始めるなど他の目的に使うことが多いのです。

高度成長期以降の農地売却は、耕作しているより、有利な仕事があるので出稼ぎしたり他の仕事に転じるのですから、明治以降戦前までの土地売却とは前提が違うのです。

現在、国際競争力がないから農業をやっていけないといわれていますが、実は国内他産業との競争力がないから農業後継者が他産業へ逃げ出しているのです。

農業生産性が下がった訳ではなく、生産性は上がっているのですが、そのスピード以上に、国内他産業の生産性の伸びが高いために、他の産業に従事したほうが手取り収入が多くなるから、出稼ぎや学卒就職その他で逃げ出す人が多いのです。

農家への嫁の来手がなくなったのも同じ原理です。

いわば、市場原理が働いていて、他産業に人材吸収力で劣っている状態なのです。

こう言う状態下では、農地の売却や貸付の後に自分が実際に耕作を続けていたい・・1時金欲しさに名義だけ変えるという事例は皆無に近いのです。

こう言う人が自分で耕せなくなったからと売却する場合、先へ行けば行くほど、自分の耕作能力は落ちる一方です。

こういう時代になると、農地を売りたい人には原則として自由に売らせても(農業委員会でチェックしなくとも)戦前のような小作関係の復活はありえないでしょう。

これまで書いてきたように、現在では、農地売買を自由化しても、戦前のような搾取するだけの地主の復活はないとしても、金貸しが名目上地主になって、農民から搾取するのではないかという意見があるでしょう。

でも、その点は金貸しが、農地にだって抵当権設定することは戦後も今も自由ですから、堂々と金利を取れるし、支払わなければ抵当権の実行・・競売申し立てが出来るのですから同じことです。

ただ、金融業者は資金の回収が目的であって、自分で農業経営をしたくない点は明治以降戦前までと今でも同じです。

自分で落札するような事例は皆無といえるでしょう。

だから、肩代わりに近隣の余裕のある農家が応じたのが地主制の始まりだったのです。

 

 

 



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