12/25/07
行事の種類3(お祭りとスポーツの変容)
現在で言えば、スポーツ選手になるほどの優れた技術も根性もないが、サッカーのサポーターとして場外乱闘する程度の力が余っているタイプ向きといえるでしょう。
サポーターが無秩序に場外乱闘するまで放っておくくらいなら、お祭りワッショイで、体力のはけ口を作ってやる方が政治としては合理的です。
昭和40年代から50年代にかけて、地域の祭りがすたれた・・コミュニュテイーの復活が騒がれたことがありましたが、ちょうど猛烈社員型のハードな労働が主流の時代でしたから、(「24時間戦えますか?」というコマーシャルがはやりました)仕事のほかにそんなパワーが残っていなかったからともいえるのです。
ここ10〜20年ほど、毎回血を見るような乱暴な祭りよりは、阿波踊り参加・ヨサコイ節やソーラン節などのソフトな祭りが全国的に広がりを持って来てました。
みんな参加型のお祭りや市民マラソンが盛んになったのは、ひとつには、猛烈型の時代が終わって、労働者の体力に余裕が出てきたことも大きいでしょう。
それに加えて、これらは、それほどの訓練・技術がなくとも一定の体力さえれば、参加できるスポーツ大衆化の側面もあります。
これらは、庶民・・一定水準の技術までは行かないし、他方喧嘩したいほど粗暴ではないが、女性を含めて体力が余ってきた人が増えてきた社会になった傾向が現れているのでしょう。
現在の阿波踊り、ヨサコイ、ソーラン関係がその発祥の地を越えて全国的広がりを持ってきたのは、粗暴なエネルギー発散型というよりは、少しの体力の余裕と内面に閉じこもっているストレス発散的要素の方が高いかもしれません。
言うならば、冷えのきつい地方では、体内にこもった汗を無理に出すサウナ的効果が必須なのと同じで、ストレスの多い現在社会では、血流を良くして心理的に汗をかく・・体外発散効果を狙っているのかも知れません。
一定の根性と運動能力のある向きは、各種スポーツに、それより以下で単に血の気の多いタイプは・・子供のころには暴走族で、大人になれば旧来型の荒っぽいお祭りへ、少しだけ体力があまって、しかもストレスの多いタイプは、ヨサコイ音頭や市民マラソンなどに参加する多様な捌け口が用意されている時代が来ているのです。
昭和50年代から若者中心に始まったフイットネスクラブの盛行も、労働がゆるくなって体力に余裕が出たことと、これと言った技術・運動能力を要しない、体力発散の流れに関係があるでしょう。
これが今では高齢者・老人中心に広がりつつあるのも、体力の余裕と一定の能力を要しない・・自分のペースでやれるという両側面の本質に着目した流れと見れば合点が行くのです。
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