12/15/07

各種産業と役員の資格制限3(士業2)

前回書いたように、士業といわれる資格でも経営と資格の分離は可能というよりも奨励すべき事柄のように思われますが、そのなかでも、弁護士は、どうでしょうか? 弁護士に頼むことは、普通の人は一生に一回しかないことが多く、それだけに一回でも下手な弁護をすると後が続かないということがない・・リピーター性による市場淘汰がされ難いのと、一回でも不正をされるとその被害が大きいことから、市場淘汰に任せるにはなじみ難い分野です。
それでも、その問題は資格取得要件を厳格にして、国民が被害を受けないようにする・・この点は医師その他の資格制度は皆も同じです。
他方で、個々の事件担当を資格のある弁護士がやればいいのであって、経営者が弁護士である必要があるか否かは別の角度から考えるべき問題です。
そこで弁護士の仕事を考えてみると、職人的ではあるものの、その他の資格・・一級建築士や測量士、調理師のように、技術だけ確かであればいいという能力ではありません。
弁護士の仕事は、(医師やトラック運転手のように)個々の事件を間違いなくこなす能力だけでなく、その全人格的判断が事件の構成や主張方法や解決に当たっての判断を左右することが多いのです。
法律構成は無限に近い具体的事象の中から、一定の方向へ法律構成して行く仕事ですから、法律構成をする弁護士の人格的要素が大きなウエートを占めます。
歴史とは無限にある事象から歴史学者の主観的?立場によって、必要な事象だけ抽出する作業であるというのに似ています。
大げさに言うと人権擁護の思想的立場による事件構成、あるいは資本家的立場による構成など立場による違った法律構成が必須ですから、経営的判断だけに偏る経営者では、その経営方針が個々の事件処理に影響を与えることが大きくなります。
それでは、結果的に社会的強者に不利な方向の事件を引き受けることが控えめになる傾向があるので、それでは社会全体の進展を阻害する弊害があるのです。
極端に言えば、資本家的経営・利潤追求が第1と考える者に法律事務所の経営を委ねると、中国人残留孤児問題、公害、薬害エイズ、肝炎その他国家・公共団体や資本連合を被告にして訴える事件は、激減してしまうでしょう。
このように政治的判断要素、思想的立場による事件処理方向が大きく違ってくるので、弁護士や法律家は専門職といっても、誰がやっても答えが同じになるべき測量士やレントゲン技師とは意味が違うのです。
そこで、弁護士業務でも無資格者が経営者になってもいいのか、すなわち無資格者・・経営能力に長けた人が経営に専念してもいいのかが問題となります。
大病院の経営と同じように、内部的バリアーさえ設定すれば問題がないといえるのかが問題となります。

 



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