12/08/07
農業基本法の時代1
高度成長期に入って、目覚しい成長過程に入った工業分野に比較して生産性の上がらない農業分野の改革のために近代化・規模の拡大政策、機械化〜法人化(を許容)すべきだという議論が起きてきたのです。
昭和36年には農業基本法が制定され、明治以前への巻き戻しだけではどうにもならないと言う視点から近代化の方策をさぐることが基本姿勢となりました。
この時点から、大規模化、機械化による効率化そのために一部離農者が出ることを予定した農政に転換したのです。
このころから、水田の1反歩単位への整備・・耕地整理の実施や農機具が利用し易い農道の整備など農業の隆盛を図るようになったといえば聞こえが良いですが、経済的には、工業生産品の大量消費のターゲットとして切り替わっていくのです。
こうした農政と補助金のつぎ込みについては、04/11/04「明治の農業政策(耕地整理法の時代1)」から04/14/04「戦後の農業政策1(自作農創設特別措置法と土地改良法1)」を経て、05/03/04「過疎地域自立促進特別措置法4(法と政令、規則の関係)憲法56(国会の機能3)」あたりまでのコラムで、既に紹介したことがあります。
これを推進するための補助金行政が、このころからすさまじくなっていくのですが、実はこれは農家のためとは言うものの、そのお金の大半が農協や農機具、農薬メーカーあるいは土木建設業者へ素通りしていくのですから、実は内需面から高度成長を支えるエンジンの役割を果たしてきたのです。
これらは農業のためにあるというよりは、土木業者、農機具メーカーあるいは農薬業者のためにやっていたようなもので、農協も大規模な選果場を作ったり農機具や農薬の販売・購入窓口になって、その手先として協力してきただけでした。
昭和30年代中ごろからの、農機具メーカーのコマーシャル(例えば、「僕の名前は○○だあ・・・君の名前は。
。
坊・・・二人合わせて・・・だあ!」など)が一世を風靡していたのを懐かしく思い出す人が多いでしょうが、こうした背景があったのです。
農業は、戦後すぐには、食糧増産の国益のためとして考えられ、次には、公共工事・・土木業者の受注対象、工業製品のはけ口として措定され、今では、環境保全に必須という視点で議論されています。
海産物にも、上流の森が必要という最近の議論も同じ視点です。
いつも農業は、何らかの対象であって、農業自体がどうあるべきかの、農業者からの発想がなかったし、今もないのです。
そもそも、当事者に抜きで考えられている産業・・・他の部門の利益のためばかり論じられる産業は、産業として存在価値があるといえるのか?という根本的な疑問があります。
女性問題そうですが、子供の健全な成長のためとか夫のため、家のためなどという議論ばかりで、自分自身のための議論がない存在論が幅を利かすこと自体おかしな議論ではないでしょうか?
世のため人のためになるのは良いのですが、それはあくまで副次効果にとどめるべきで、それしかない議論ではおかしいのです。
企業も同じで、メセナを強調したり社会のために存在意義を強調するのは、それが主目的ではないから「・・それはご立派ですね」となるのです。
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