12/06/07
GHQの占領政策5(自創法から農地法へ)
変な方向へ話がいってしまいましたが、GHQの占領政策に戻しますと、日本は敗戦によって全国焼け野が原になっても、大物の公職あるいは会社からの追放があっても、工場経営の経験があるので、すぐにも工業国として再出発できたのは、幸いでした。
アメリカは、日本の再出発を遅らせるために、大企業や地主層を解体し、戦争責任という訳の分からない基準を作って経営層の追放を強制し、国民同士のいがみ合いを期待し、国内での紛争激化を期待していたのです。
みなさんご存知の中国などがよく言うところの、
「戦争指導者の責任であって日本人自体に恨みはない」
という使い分けは、アメリカの意を受けた日本民族の分裂抗争を期待した意思表示です。
日本ではどこからどこまでが支配者で、どこからどこまでが被支配者と言うきっちりした区分けがないのですから、戦争をしたことに責任があると言うなら、頭も胴体もそれほどの差のない日本では、これを支持した日本人はみんな責任があるのです。
外国の引っかき回しに乗せられてはいけません。
幸い敗戦という異常事態下でも、国民みんなが、誰の責任だと言って内部抗争をしないで、同胞として一致団結して復興に励んで来たのは、賢明な民族だと言えるでしょう。
そもそも、歴史上戦争責任などと言いだしたのは、日本の敗戦に対するときだけで、その後もあちこちで戦争が随分とありましたが、どこでもそんなことは言われていません。
アメリカは、ベトナム戦争の戦争責任を認めたのでしょうか?
戦争責任などという概念は、アメリカによる日本の再起を妨害するために周辺国に撒き散らしたデマゴーグ以外、何ものでもないでしょう。
そして中国や朝鮮は、日本との競走上これを利用すると有利になるので、その都合の良いときに持ち出す仕組みです。
戦争協力者の追放などと言い出したら、第二次大戦は総力戦の結果ですから、GHQの恣意的認定で誰でも追放できる恐怖政治になります。
マッカーサーの権力が、絶大だったと言われる所以です。
石橋湛山氏がイキナリ追放されたのは、時の政権がGHQと組んで仕組んだ政敵追い落とし作戦だったとも言われています。
財閥解体は、今で言えば、トヨタその他の世界企業が邪魔だからといって5〜6社に分割を命じ、しかも経営経験者を追放したようなものです。
農地解放も、社会の中堅であった地主層を消滅させ、農地の細分化をして日本農業を決定的時代遅れにしようとする意図がなかったとは言い切れません。
何しろアメリカは、大量生産〜大量消費の元祖です。
何事に限らず規模の利益を価値基準においてきた国・・・農業で言えば大規模農業こそ、国際競争上有利であると信奉している国ですから、その国がわが国の農地の細分化を狙ったのは、どんな甘言を弄しても怪しいのです。
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