12/01/07

財閥解体と公職追放2(稲作と牧畜農耕と遊牧民の違い1)

公職追放に関する日本側の加担者とは、結局はその当時の政権担当者=いわゆる保守本流とその後継者・・自民党の有力者がその加担者の系譜に連なるので、マスコミも多くを報道しないのです。
実際には、アメリカの思惑とは違って、戦争責任者の公職追放の結果、高齢者が一掃されて老害がなくなったので、日本の焦土からの再生に弾みがついたのですから、皮肉な結果・・アメリカには誤算だったでしょう。
ただし、折から勃発した朝鮮戦争によって、アメリカの日本復活妨害政策は終止符を打ったことも周知のとおりですが、その後は、自立の妨害するよりは自分の手足として使いたくなったアメリカは、その代わり、日本の自立を阻むために周辺国への巧妙な根回しによって、南京虐殺など常に日本非難の種をまいては、アジアでの日本の孤立を図り、アメリカに従属するしかないように仕向ける政策になってきたのです。
良いように中国や朝鮮はアメリカに踊らされて日本非難を強めると、孤立した日本はいよいよアメリカ一辺倒・・・頼らざるを得ないと言う構図の繰り返しでした。
公職追放に話を戻しますと、日本は中堅以上はみんな同じ階級・・年齢で上がっていくだけの社会ですから、タマタマトップクラスだけ追放しても、いくらでも後釜がいたので大した害がなかったのです。
そういう意味では、日本社会はミミズみたいなもので頭部分だけ切り取られても、日本の人材供給システムでは、トップがいなくなっても痛痒を全く感じない社会であることをアメリカは知らなかったのです。
西洋の基準であれば、エリートと労働者は、人種の違いに匹敵する程の別階級・・相互乗り入れのない社会ですが、日本では人材に連続性があるのです。
オシム監督の急病に対してサッカー界が周章狼狽しているのは、サッカー界は西洋・・アラブ式組織ですから、頭をなくした哺乳動物の感じですが、日本では、例えば、長島監督が倒れても野球の日本チームは何ともなかったことからもわかるように、外来の野球でさえ、長く定着すればそういう組織になるのです。
稲作農業を基盤にする社会では、一人の指導者が村落共同体を指揮監督する社会ではないのです。
田植えその他の日本の農作業には、号令をかける指導者がいてもいなくとも、作業効率が変らないことは誰でも分かるでしょう。
しかし、一斉的農作業が必要なので、みんなの納得が必須ですから、いろんなことをするにも根回し・・気配を感じながら行動することが重要な社会になっているのです。
音楽でも、西洋では、オーケストラなど指揮者が必須ですが、筝曲(だけでなく3曲の合奏でも)や雅楽その他日本の音楽では、指揮者は不要で、参加者の阿吽の呼吸で音楽が一斉に始まります。



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