12/30/06
日本の競馬の歴史1(陸軍の需要)
ところで、日本での競馬は、何時からどのように行なわれ来たものでしょうか?
その歴史を辿れば、本当は時代遅れの人の救済のために、始まったものではないのが分かります。
すべて受け売りですが、(当然そのころ生きていませんので、すべて受け売りです)競馬は、文久元年(1861年)に横浜外国人居留地でレースが行なわれたのが、日本の最初らしいですが、明治21年には根岸競馬場で、馬券を発行した国内最初の競馬が開催されたそうです。
そのころは、まだ西洋人の、変な遊びくらいでした。
ところが、日清・日露戦争で外国と戦ってみると、日本産の軍馬が、清やロシアにくらべて非常に劣っていたことが分りました。
当たり前ですが、中国やロシアの戦争は陸戦中心で、しかも平原の戦いが多いのですから、騎兵が昔から発達しています。
坂東武者と言っても、日本のように武将だけが馬に乗って、その周りを歩兵が走っていくだけですが、外国ではそんな形では有りません。
いわば日本の騎馬武者は、武将のシンボルみたいな扱いで来たのが、日本軍の歴史でしょう。
初めて大陸の兵と接した陸軍の方では、彼我の軍馬馬力の差に多いに驚いてしまいます。
そこで軍部は馬産改良の名の下に馬資源の増大と資質の向上を図るため、競馬施行者に補助金を交付して競馬を行わせることになったのが、現在の競馬盛行の源流です。
農産物の品評会や、書道展が励みになるのと同じ発想です。
ただし、品評会や芥川賞など日本発のものと違い、イギリス発になるとギャンブル性が強いのが難点です。
1906年(明治39年)に開始された競馬開催には、当初法的根拠がなく、「馬券に関する内閣決議書」という農商務・陸軍・内務・司法の4大臣による合議書によって正当化されていたものに過ぎませんでした。
ギャンブル性の克服が難しかったのです。
他方で、明治40年刑法制定によって賭博が禁止されたことと相俟って、馬券の賭博性に対して批判的な風潮が強まってきました。
そこで政府は1907年、刑法(1907年(明治40年)法律第45号・・現行刑法です)を根拠として馬券禁止の通牒を競馬主催者に発するに至り、馬券発行による日本の競馬は非合法化されてしまいました。
(わずか1年の命でした)
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