12/29/06
賭博2(公営ギャンブル1)
刑法の「輸えい」の説明から、運輸省の話になってしまいましたが、賭博に話題を戻しましょう。
偶然にかからしめる経済行為・・賭博行為を刑法で禁止しながら、他方で、公営の競輪、競馬・あるいは、宝くじの発売は、どうして存在するかについて、疑問に思う方がいるでしょう。
政治家でも、スポーツのスターでも、国民の模範にならなければならない社会です。
国民に道徳を説き、違反すれば刑罰で処罰すると言うのに、一方で、政府が悪いことの胴元をやり、国民に勧誘をしているのはどう言うことでしょうか?
偶然の結果に期待する競馬・競輪は芳しくはないけれども、国民がいきなり近代合理主義に切り替えられないのも事実です。
明治維新では、ちょんまげからザンギリ頭に切り替えたと言っても、実際に全国民がちょんまげをやめたのは明治も末のころでしょう。
その上、外見だけやっとザン切り頭になっても、脳みその中身がいきなり変わる訳ではないのです。
そこで、刑法では禁止しながら、時代の進展についていけない人のために必要悪として、国家で管理しながら競輪、競馬オートレースなどを温存していく政策が取られたのです。
と言うのが、その正当性の根拠でした。(刑法学者はそう書いてますが・・・)
今でも、頭を切り替え切れない人が多いので、有馬記念などに10数万の人が出るのですから、こうした意識の切り替えには100年以上かかることがわかるでしょう。
そうは言うものの、実際には、賭博の胴元はぼろもうけですから、誰でもやりたいことを国家が取り上げて独占しているだけのことかも知れません。
なにしろ、政府はいつも金に困っていて、金になることなら、何でも欲しいのは、古今東西を問わないのです。
(スペインのフェリペ2世などは、一生に3回も破産していますよ!)
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