12/28/06
鉄道院から運輸省へ
明治以降の官制については、07/21/05「政体書と中央組織」以降二官八省や内閣制の歴史などで、概略紹介してきましたが、この際運輸省の歴史を見ておきましょう。
明治3年(1870)に工部省に鉄道掛がおかれたことにはじまり、鉄道掛は、鉄道寮(71年鉄道掛を改組)、鉄道局(77年鉄道寮を廃止して設置)と改称されて徐々に存在を増していきます。
1985年12月の内閣制度の発足により工部省が廃止され、鉄道局は内閣直属となります。
そのご、1908年に設置された鉄道院が設置されて敗戦まで続き、これを母体として1945年(昭和20年)に運輸省になるのです。
戦後は、車の発達で物流が飛躍的に延び、比例して人員輸送も延びてきましたので、総合的物流や人員移動の政策官庁として鉄道院ではなく運輸省にしたのは妥当なところでしょう。
以降、長年運輸省は、日本の航空、海上、水上、陸上の交通・運輸、および港湾、船舶、鉄道、気象、海上保安などに関する行政事務を担当して来ましたが、橋本内閣のころに建設省と国土省(庁だったかな?)と大同合併して国土交通省になって現在に至っています。
運輸が先ず工部省・・建設省の1部局の鉄道係りとして始ったことは、人やモノの移動には、そのインフラとしての鉄道や道路建設に先ず関心が行き、土木建設工事に関心があった時代が長かったからでしょう。
戦後運輸・建設省に分離していたのが、今次の省庁大編成で建設の名称がなくなったと言うことは、公共工事に対する時代の流れを表わしているのでしょうか?
しかし、「輸」は人間を運ぶ概念ではなかったのですわりが悪いのか?、運送と言う漢字では物足りないので、運送の内部概念では、今では、国際海上物品運送とか旅客運送・貨物運送と言う特別な法律で別々に規制しています。
たとえば、道路運送法をちょっと見ましょう。
旅客と貨物に別れています。
道路運送法 昭和26・6・1・法律183号
第2章 旅客自動車運送事業 (第3条〜第43条)
第2章の2 指定試験機関 (第44条〜第45条の12)
第3章 貨物自動車運送事業 (第46条)
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