12/25/06

女性の意識改革(ウェットからドライへ)

当時はモンスーン型気候風土による湿った日本列島と、アメリカの(中西部をイメージした)乾燥した大地で育まれる文化・心情とは違うのだと説明されていました。
(こうした考察をした学者・・例えば和辻哲郎などがその代表でしょう)
結局は、日ごろの生活様式・すなわち職業の差がこうした心情・・・文化の差を生み出していたに過ぎないのです。
昔は気候風土=農業や漁業様式を規定していたので、地域ごとの文化だったでしょうが、今は、その土地の気候風土による産業構造の差がない時代です。
自動車や電気、半導体を作るのに気候風土はあまり関係がないでしょうし、金融取引業者・弁護士や医師の職業意識も気候風土による差が殆どないでしょう。
産業革命以降の工業文明下では、人々の意識・・文化の差は、地域差よりは職業差の方が大きい時代になって来たのです。
こうした職業と意識の差については、03/13/06 「わが国封建制度の実質(地方の独自性とは?)1」や、12/13/05「漢民族の広がり?3・東西移動から南北移動へ1」などで紹介しました。
そう言えば私が弁護士になってから20年位は、女性の相談は、情緒的訴えばかりで何を言いたいのか論理的な説明が出来ない人が多くて、時間ばかりかかったものでした。
また折角解決してもそれに納得しているかどうかとなると、心もとないものでした。
昭和30年代ころに流行った流行歌に(安保反対に始り、デモ行進の多い時代でした)
   「デモはデモでも、あのこ(娘)のデモは、いつも歯がゆいじれったい・・」
と言うのがありましたが、当時近代工業化の恩恵を受けたのは先ず働きに出ている男性だけで、家にいた女性は、まだはっきり意思表示するのに慣れていないし、出来ない時代だったのです。
ここ10年くらいは、女性でも男性でもそれほど意思表示能力に差がなくなった感じです。
最初は「・・・女史」といわれるような特殊なエリートだけの社会進出でしたが、昭和50年代から、末端の女性もパートその他で殆どの女性が社会進出するようになったことが、女性の意識を裾野から変えたのでしょう。
(勿論、その相棒になる男性自身が、上記のように昭和30年代後半から徐々に変って来た背景を無視できません。)



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