12/24/06
クリスマス・・・老化現象と記憶の美化1
理屈と言えるかいえないかも分からない、御託を並べているうちに、またもやクリスマスが巡ってきました。
この辺で、堅苦しい話を少し休憩して、クリスマスの話題としましょう。
クリスマスの楽しい思い出は、子供たちが小さいころに家族でレコードにあわせてクリスマス・ソングを歌って、楽しんだころが、矢張り何と言っても、最高の思い出です。
今も、娘と前日からケーキの品定めに歩きますが、過去の思い出はまた別物です。
若いときには、当然今よりは、生活条件も悪かったのですが、狭い家で、ストーブの近くにみんな寄り添って楽しんだものです。
それでも、生活条件の問題ではなく、時間経過で過ぎ去った思い出が、良くなってくるのが不思議です。
老化すると将来の楽しみが少ないから、過去が良くなるのでしょうか?
生きるとは、老化することであり、過去が増えて、将来が食いつぶされて行くことでしょう。
ですから、ときの経過と共に先行きが減ってくるのが、心配になるのでしょうか?
しかし、現在90台で元気な人がいくらもいますから、私などが90台になるころには100歳以上の人が普通になるでしょう。
そう考えれば、これからの人生が30年以上もあるのですから、物理的な時間・・将来が少ない訳ではなく、逆に残りが減ってきたのではなく予定よりも長引いて増えてきた感じです。
老人にとって、時間だけは長いですが、将来への希望・・楽しみの少ない・・・春夏の活力とは違う秋から冬に向かうような寂しさなのでしょう。
長寿社会の問題は、この後で連載して行きますが、若年〜壮年期間だけが長くなるなら問題が少ないのですが、そんなうまい具合の話はありません。
幼年期も少年期も青年期も、壮年期も老年期も同じ割合で間延びしている・・・老年期も長いところに問題があるのです。
ちなみに、今の老人は老年期だけ、間延びした世代です。
あるいは、将来の楽しみが少なくなる・・・過去が良くなるのは、精神的老化現象の始った証拠でしょうか?
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