12/16/06
サービスの格差と生活保護(モラルハザード防止4)
医療に関しても、生活保護で無料の人も、自分のお金で来ている人も同じ立派なイスに座るのはおかしいのです。
あるいは、医療サービスの内容も、人権問題だから差を付けるべきでないという議論・・差をつけるべきだなどと言うこと自体タブーみたいになっています。
無償の人は、冷房の効かないところでも我慢するとか、少し下手な医師で痛くとも我慢するか、自前の人はやわらかいガーゼを使えるなど、それなりの格差があって良いのではないでしょうか?
こうして考えて行くと、生活保護・その他のランクに応じた病院を造って、割増金を払って質の良い医療を受けるか、どうかを国民が選べるような社会にして行くべきかも知れません。
近くのスーパー西友の3階に100円ショップが入っていますが、夏に行くと冷房がないのには驚きます。
それでも単価の安いほうが良い人は、買いに行けばいいのですから、このように店舗もバラエテイ−があったほうが良いでしょう。
商品が腐っているのでは困りますが、そうでなく一定の水準があれば、あとはコンクりのまま、タイル張りか、絨緞敷などによって料金の違ういろんなお店があった方が良いでしょう。
老人ホームもお金の払い方によって差があるように、病院や生活洋品店その他もバラエテイ−があるようにしていかないと、みんなが同じ単価の御豆腐や魚を買う社会では、生活保護者と平均人の生活に差がなくなってきて、いわゆるモラルハザードが起きるでしょう。
今の日本では単価がほぼ同じの社会ですから、貧富の格差と言えば、生活保護で貰ったお金か自分のお金で買っているかの違いでしかないのです。
これからは、目に見えないサービスと言うものも、画一的な物ではなく格差社会にしなければ、却って不公正な社会になると思われます。
直ぐ手抜きがどうのと非難されがちですので、みんな精一杯のサービス・・すなわち画一サービスになりがちですが、これではモラルハザードになってしまいます。
サービスしている方から見れば立派なことですが、法律扶助とかいろいろ福祉的政策が充実してくると、自前で頼む人と全く同じでは、別の角度から見て、モラルハザードになってしまい、社会が崩壊してしまうでしょう。
この視点で、以前、08/01/06「国選化現象への対応2(サービスと対価の比例関係の重要性5)」前後のコラムで連載しました。
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