12/08/06
相続税法32(法の中立性?)
こうして昭和30年代後半から地主側では新しく土地を貸す危険を回避するようになり、以降新規の借地は影をひそめ、新しく都市に流入した人たちが家を建てようとすると土地売買しかなくなった事から、地価の高騰が始まったのです。
この大きな流れの結果、平成の改革・・・新借地借家法の制定で定期借地権が生まれる背景になったものです。
それに戦後の保守層による宣伝の効果もあって、均分相続制は、アメリカから押し付けられたと言う社会意識下にありましたから、33年法の制定当時は、
「一人がまとめて取得しても税金は同じですよ」
といわれた場合、妻が単独相続してしまうのではなく、
「長男単独相続してもいいのだ、税金が後押ししてくれる制度だ」
としか考えられなかったでしょう。
今ならば、単独相続するには、配偶者が至近の候補者と言う所ですが、当時はそういう想定ではなかったのです。
戦前までは、妻の無能力制度があって、道徳教育などで一貫してこうした意識の植付けをしていたので、まだまだ庶民一般の意識では、妻・・配偶者が単独相続するような意識は根付いていませんでした。
「女三界に家なし」(生まれては親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う)などの熟語は、こうした庶民向け教育でした。
昭和33年と言えば、私が既に社会意識を持ち始めた時期ですが、ことある毎に上記のような言い回しで語られる時代だったのです。
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