12/01/06

先行き不安と少子化9(ベビーブーマー4)(引揚者2)

具体的な引揚者の数字を見ましょう。
第005回国会 海外同胞引揚に関する特別委員会 第2号(昭和二十四年三月二十九日)衆議院議事録の要旨
昭和20年・・・37万4000人
昭和21年・・・182万3000人
昭和22年・・・32万3000人
・・この時点で、中国が内戦状態で復員が遅れ、東北地区(満州)だけで6万人、その他は数字も分からない程であり、(日支事変で日本が投入した兵力は約170万人と言われております)ソ連未帰還者数も聞き取りによってシベリア地区概算34万1000人、樺太地区6万人と国会で報告されています。
敗戦までは、台湾などから内地に食料を運んでいたのですが、敗戦で海外植民地をすべて失い、海外からの食糧輸送が途絶えた上に、上記のとおり昭和22年までに食べ盛りの男が250万人も帰ってきているのです。
以下は、http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/ ̄tamura/mujokenkofuku.html のキャッシュからの引用です。
「住居と食料の極端な不足、それに極めて不衛生に環境のなかで、実に1,000万人の人達が、生死の境を彷徨っていたのである(10月15日大蔵大臣渋沢敬三は、UP記者に対して現状のままでいけば、来年度の餓死者・病気で死亡する者は、1,000万人に達すると語る)。
このような社会状況を客観的に見れば、戦争が終わった安心感から子供をいっぱい産んだとは到底考えられないでしょう。
その逆に、先行き不安の極限状態が日本人の種族保存本能を呼び覚ましたことと、復員してきた若い兵士の存在が重なって、ベビーブーム世代が発生したと言うのが私の解釈です。



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