12/23/05

防人帰郷旅費労働基準法2)

防人の帰郷旅費の話から、弁当の話になってしまいましたが、話を戻しますと、
    「自分の費用で帰れ」
というのは、事実上帰れない仕組みだったというわけです。
任期3年とも言われていますが、そうした事情から実際は帰れなかったようです。
こうしてみると、本質は、現地定着(強制移民)政策だったといえるでしょう。
このように帰る費用が出るかどうかは、重要な要素ですから、現在の労働法でも重視されていて、職業選択の自由の保障のために帰郷旅費の支給が強制されています。
労働基準法を紹介しておきましょう。

労働基準法    昭和22・4・7・法律 49号  (帰郷旅費)
第64条 満18歳に満たない者が解雇の日から14日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
ただし、満18歳に満たない者がその責めに帰すべき事由に基づいて解雇され、使用者がその事由について行政官庁の認定を受けたときは、この限りでない。

この法律が出来たころの給与は、交通費に比較してかなり安くて、(と言うよりは、交通費がかなり高かったのです。)解雇手当だけでは帰れない時代だったこともあるでしょう。
それに戦後直ぐから昭和30年代は中ごろまでは、中学卒の子供が、金の卵ともてはやされて東北地方や九州から京浜や阪神工業地帯に集団就職する時代でした。
当時は、子供に限らず、遠隔地の田舎から出てきて都会で働く時代でしたが、大人になれば、厭だと思ったら、出て来た同じ都会で転職の道を探るなどの耐久力があるでしょうが、子供にはそうした能力が乏しいことに着目したのでしょう。
相撲部屋からの脱走でもそうですが、子供と言うのは先ずふるさとを目指すものなのです。 
帰郷旅費の支給強制がなければ、一旦就職すればどんな厭なことがあっても、就職先を辞めることも出来ないでしょうから、実際的に重要な規定だったでしょう。
これは防人の歴史経験がそうさせたのか、欧米の経験を導入したのか私には分りませんが、歴史経験がこう言うところに出たのかも知れないと思うと面白いものです。
時代が変わってしまい、この規定は今では死文同様になっていて、こんな規定が今でも残っていることすら、誰も知らないのではないでしょうか?



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