12/22/05

手弁当とは?(言葉進化

12月19日に書いた弁当の続きです。
「手弁当」というのは、これまで書いて来た「自分で昼食などを用意する」=「自弁」の意味からすれば、同義反復っぽいのですが、お「つけ」に丁寧語が重なった「おみおつけ」や「自己弁護」と、同類ではありません。
御城やお屋敷など(あるいは、普通の農家でも)で何か行事のあるときに人を呼べば、原則として主催者が「おひる」などの食事の供応をするのが本来です。
自前で給食(食事を出す)する時代(このため冠婚葬祭では、近所の主婦の応援がありました)から、都会では早くから仕出屋の出前に移りました。
これが、面倒くさくなって、丸ごと何とか会館・・更にはホテルの結婚式や葬儀会館で行うのが一般化したものです。
個別の客でも、初めは天丼や寿司などの出前でしたが、自宅に呼ばなくなって、外のレストランなどでの待ち合わせになってから大分経ちます。
他方で、仕出屋では重いので、これが変じて弁当屋という簡便な形式の業態が発達し、あちこちの会合で重宝されるようになります。
この結果、出先の主催者がお昼の用意をしてくれる場合でも、そこの食堂で作らないだけでなく、外注で用意する食事も、弁当形式が多くなったのです。
しかし主催者が弁当屋に手配した「お昼」は本質的には、本来の給食を外注しているだけですから、自弁から発達した弁当とは言わない筈です。
 仕出屋が配達しやすく、且つ個別に配りやすくするために予め個人別にパックし、弁当形式にしただけのことですから、仕出し料理のパック版というべきでしょう。
ちなみに日本料理店に行くと「松花堂弁当」というのがありますが、これなどは弁当形式に着目しただけで、自前で用意したものでもなければ、携帯食でもないのです。
弁当は自弁・・すなわち自分で手当てしたから弁当と言ったのですが、そのうち、自分で用意するのは常に携帯用・・すなわち個食用パックであることに着目して、携帯食あるいは個食パック形式をすべて弁当と言うようになったのでしょう。
この時点では、南宋の「便当」(便利なものと言う熟語)と意味が似通ってきますが、こうなったのは(葬儀や会議で弁当形式の食事が配られるようになったのは)まだ、10〜20年くらいのものでしょう。
現在の用法を前提に便利なものと言う意味の「便当」を、音が似ているからというだけで(はないかもしれませんが・・・)中国から伝わった熟語であるとし、日本の弁当に当てはめるのは、無理があるというのが、私の考えです。
熟語は、何でも中国に起源がなければならないと言うものではないでしょう。
いずれにせよ、主催者が用意する場合も、携帯用をすべて弁当と言うようになると、自腹で用意するのを、更に区別するために「手弁当で・・・・する」と重ねて表現する用法が必要になり定着してきたのです。
言葉というのは、このように進化していくのですから、元はどうだと言っても始りません。



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