12/21/05
それにしても、日本の弁護士制度は、需要に応じた実務からたたき上げた実績で人権擁護の職責が自然に出来上がったわけではありません。
欧米の人権思想にあやかって、日本でも人権擁護目的の弁護士制度を作るべきだという借り物の精神論によって出来たに過ぎません。
こうした経過(外圧利用)で代言人を弁護士に昇格させ、弁護行為が認められただけであったために、判事、検事と同格になれなかったのです。
明治時代以降敗戦に至るまで、判事や検事は別に養成され、弁護士はその下位に位置付けられたままでした。
日本では、あくまで手続きを能率よくやるために代言人制度が認められて来ただけで、それ以上のことはなかったのですから、外圧で弁護の権限を与えたものの、お上は上から冷ややかに御手並み拝見と言う所だったのでしょう。
歴史的に見れば、本質的には現在の税理士や司法書士、行政書士などと変わらなかったのです。
ちなみに各種書士業の存在意義を見ますと、もしも、税理士制度がなくて、素人の作成した出鱈目な(と言っては失礼ですが、町の魚屋やパン屋さんなどが、自分でみんな売上伝票をガサガサっと出して来たら大変でしょう。)書類が山のように税務署に来たら税務署はお手上げでしょう。
行政書士も、各種複雑な許認可申請書類を素人が自分で役人に聞きながら作っていたのでは、役所が、その説明に追われてしまってパンクしてしまうでしょう。
プロが提出してくれば、役人がちょこっとチェックして、誤りがあっても一言メモすれば直ぐに対応してくるし、審査の手間も殆どかからないのです。
今回の建築確認申請書類が出鱈目であったのに、どこでもチェック出来なかった点が、問題になっていますが、行政官にとっては、ある程度信用しないとやれないのが実務なのです。
司法書士制度も、登記関係書類が滞りなく申請されるようにしたもので、登記官に取っては、精力を100分の1位くらいに軽減出来る制度でしょう。
もしも、素人が出鱈目な書類を次々と提出して、これを一々登記官がチェックして間違いがあるたびにつき返していたのでは、付き返された方もどこがどのように間違っているかわからず、実務が滞ってしまうのは必定です。
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