12/21/05
日本では、基本的に「お上に」対する信頼が強いのが特徴で、権力に対する猜疑心に発する制度はどうも根付かないようです。
或いは合議制の国であって、みんなの意見を充分吸収して結論を出す社会ですから、指導者の独走などのない国だったからかも知れません。
合議制については、06/04/05、唯一神信仰と独裁3(多神教と合議制3)前後のコラムで紹介しましたがその他でも触れていますので、検索でサーチしてみてください。
イギリスの法制度の歴史や文化的基礎の違いは、また別の機会に書きたいと思います。
われわれ弁護士会でも執行部を選んだ以上は、いろいろ議論はしますが、
「後はいいようにやってくれるんじゃあないの!」
とお任せ傾向です。
あるいは裁判の和解など毎日のようにやっていますが、争い尽くした後に裁判官から提案される和解案に対し、ほとんどの当事者が、いろいろ言いたいことはあるけれども、
「裁判官がよく考えてくれた結果の結論だから、お任せしたい」
と言うことで、双方納得するのが殆どです。
日本で陪審或いはこれに類する制度が発達しなかったのでは、民度が低いのではなく、
「お上がしっかりしていた」
ことによるでしょう。
日本では、信頼されている「お上の裁判(仕事)」に邪魔にならない程度で、便利だからと認められていただけですから、日本の代言人とイギリスの代言人とは、その後の発展の歴史が大きく違ったのは仕方がないでしょう。
兎も角、英国も日本も公事宿から発達した点までは同じでしょうが、日本は伝統が違った為にそれ以上の役割へと、自動的に進化していきませんでした。
明治以降、英米の制度を知った代言人や、民権運動によって、或いは欧米の圧力によって(弁護士もいない国の法では、怖くて裁判を受けられないと言うのが不平等条約の根本です)民事の代言にとどまらず、弱者救済の任務も認めるべきだということになって、弁護士と言い換えるようになったのでしょう。
(イギリスのバリスターの資格をもっていた星亨氏・・衆議院議長にまでなった偉人です。・・・・・などの、代言人自身の努力が勿論大きかったのです。)
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