12/20/05
「弁」の続きです。
09/01/03「代表と代理(大理石)理事の違い」のコラムで、弁護士の職務の大部分を占める代理について少し書きました。
何か失敗したときの弁明や弁解は、自分でするのが本来ですが、例外的に本人に代わって弁明し、護ってくれるから、弁護士という名称になっているのでしょう。
弁護とは他人の弁明を助けることですから、自分のことを弁明するのは、弁護とはいいませんから、自己弁護というのは、手弁当の強調形とは違って誤った用法です。
弁護士の職務として、依頼者を弁護するためにも本人を代理する権利が必要ですが、逆に代理は必ずしも弁護行為である必要がありません。
(「逆は、必ずしも真ならず」の格言どおりです)
民事、特に原告となって請求する行為を見ると、むしろ代理行為が中心であって困った人の弁護行為の性質はたまに、(被害者が原告になることもありますが・・)しかありません。
まして、今年だったか、世間を騒がせたライブドアによるフジテレビ買収騒動を見れば分るように
どちら側に付いた弁護士も、代理人であっても弱者を弁護する要素は、皆無に近かったように思います。
ただ、代理の中核を占めて来た・・・または占めるべきだと言う精神論から、代理行為ばかりしている場合にも、今のところ弁護士というのでしょう。
その意味では弁護士の前身である「代言人」という名称は、前記の民事的代理行為しか表さないので、現在の理念を前提とすれば、少し狭い呼称だったことになります。
発展形態から言えば、代言人はもともと高邁な人権思想に基づいて発達したのではありません。
鎌倉時代から江戸時代までは、公事ごと(あらそいごと)は長引くので、公事宿に長逗留するのが必須だったことに始るのです。(十六夜日記)
公事宿の亭主のちょっとしたアドバイスから始って、次第に専門化してきて奉行所での口のきき方や提出文書作成方法などを伝授するようになり、さらには、その代筆・・同行人・・・代言人となっていくのです。
これが、明治になると公事宿の亭主でなくとも、一定の資格で代言人となるのですから、もともとは、民事中心に発達したもので、代言人の歴史は人権擁護活動とは関係がありません。
今の言葉で言えば、ビジネスロイヤーとも言うべきでしょうか?
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