12/19/05
12月10日のコラムで書いたように、日本でも口分田配給の前に徴兵制が先行しているのは、白村江敗戦による北九州での人的資源激減の事情によるものです。
農民(当時は農民しかいません)は、防人として九州へ連れて行かれて帰って来なかったと言われています。
防人に招集されると、任地へ行くまでの食料などは支給されましたが、(途中で飢え死にしたのでは国としては用が足りないから責任を持ったのでしょう)帰りの費用は自弁でした。
貨幣が全国的に通用していない時代ですから、宿駅を準備してくれないと、そんな長期間の食料を持って歩けませんので、無理に帰ろうとすれば殆どが途中で餓死するしかなかったでしょう。
ところで「弁当」という言葉がありますし、我々の法律用語では和解条項に必ずはいる文言に
「訴訟費用は各自弁」
という慣用語があります。
和解する以上は、「それぞれが裁判にかかった費用は、自分持ちにしましょう」という意味です。
「弁当」というのは、まさに自弁するという意味から出た言葉で、勤務先で「お昼が出ませんよ」という意味で、自分で用意して行くようになったからはないでしょうか。
普通「弁当」は南宋時代の「便当」(当を得て便利?)の変化であると思われているようですが、私の独自解釈では、そうではなくて、自分の費用で手「当」てすることから、出来た日本製の熟語だと思います。
弁当を持っていくのは便利だからではなくて、むしろ不便なことですが、行く先の主人が食事を出してくれないために仕方なしに、「自分で用意する」ことに意味があるのです。
(その結果、携帯用の工夫や業者の発達で便利な物が発達したのは認めますが・・・・。最初のうちは行く先で給食(食事の提供)がないのは不便なことだったでしょう。)
世上「手弁当で・・・・・する」と言いますが、弁当というのは、本来自弁するから「弁当」というのですから、自腹を切って何かをするのは、その強調でしかありません。
弁解、弁明、弁済・・・「弁」ずるとは、みな、自分自身で「する」ことを意味しているのであって、便利かどうかの意味との互換性はまったくありません。
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