12/10/05
また、話が横へ行き過ぎますので、律令制・・公地公民制度に戻しますと、これは基本的に耕地が余っていて耕し手の足りない時代・・・耕地拡大の必要のない時代だったからこそ、成り立った話です。
また、黄巾の乱から数えて、隋朝の成立までは約500年も戦乱の続いた時代でしたから、兵士不足が深刻でした。
土地供給の見返りとして、いざとなれば協力して戦いに参加してくれと言う制度(・・これが屯田兵の本質でしょう)から始ったのです。
これが全国規模になったのが律令体制ですが、こうして国民皆兵制度が出来上がったのです。
私が習ったころの歴史教育では、公地公民制ばかり教えられて、国民皆兵、徴兵の話はついでくらいにでも出て来たかどうかというところです。
普通の本でも、中国の制度では府兵制などの紹介がありますが、日本の徴兵制についての紹介は何故か皆無ではないでしょうか?
防人の悲哀などが断片的に万葉集などで出てきますが、わが国では徴兵制度自体の紹介が極端に少ないのです。
いつも書くことですが、文学者あるいは文学系の歴史学者が書くと、こうした叙情的な説明しか出来ないのでしょう。
これからの歴史学は、法律家のようなきっちりした素養を元に足が地に付いた研究する人が必要でしょう。
いずれにせよ、中国では前記のように約500年に亘って戦争続きでしたので、この公地公民制度は耕地の給与を目的にするよりも、兵士確保の必要性から発達したとも言われていますし、私もそう思います。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
