12/08/05

探花使」と紅顔の美少年

ここで 
「年年歳歳花相似たり、年年歳歳人同じからず」
のフレーズで有名な「代悲白頭翁」・・劉希夷の詩の一節を思い出す人が多いでしょうから、一部紹介しておきましょう。  
 伊昔紅顔美少年     伊れ昔紅顔の美少年
 公子王孫芳樹下     公子王孫と芳樹の下
 清歌妙舞落花前     清歌妙舞す落花の前
 光祿池台開錦繍     光祿の池台錦繍を開き
 将軍楼閣画神仙     将軍の楼閣に神仙を画く

ちなみに、上記の詩で「これ昔紅顔の美少年」と言いますが、昔は、頬に真っ赤な紅を塗るのが普通だったらしいのです。
オテモやんだけではありません。
ついでに「伊」と書いて「これ」と読むのは、今は流行りませんが、藤原の道長の政敵であった伊周(これちか)の名前は、こうした用例のひとつです。
伊藤さんの伊は、単なる接頭辞ではなく藤の強調形を兼ねているのでしょう。
若者は本来血流が良いので色白ですから、「白皙の・・」と表現されるのが本来ですが、他方で「紅顔の・・・」というのは、そうした化粧法のせいらしいのです。
ちなみに「厚顔・・・」は高齢者に使う用法です。
こうした経過で、清朝時代には「探花使」になる席次が固定されていったのでしょう。
次の第二甲 若干名に進士出身、残りの第三甲には同進士出身という学位を各々授与し、最後は大和殿で皇帝臨席の下で盛大に式典が催されたと言われます。



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