12/02/05
弁護士会挙げてこれを成功させようと言う運動をしているのですから、官の信用を背景にすることと相俟って、各種相談は先ず国営の司法センターに集中することは必至です。(しかも無料相談です)
センターで直接雇用される「公務員?弁護士」が行く行くは増大するでしょうし、或いは、センターからの事件紹介に頼る弁護士が増えることも必至です。
ビジネスロイヤーと言われる巨大資本の紛争を仕切る弁護士は別として、(ホリエモンとフジテレビの事件など)市井の個人的な事件・・おおむね社会的弱者です・・・を扱う弁護士は、センター経由でないと食っていけない時代が、もうすぐ来るのではないでしょうか?
実は社会の発展には、こうした市井の弱者の紛争をとりあつかう弁護士が必須なのです。
これまで、公害い始まり各種社会のゆがみを正してきたのは、自由に活動できる弁護士の存在でした。
企業対企業の争いを担当する弁護士だけが、本来の自営業者で、あとは、国が紹介する事件ばかりで食べて行く下請け弁護士ばかりになれば、過去に社会をリードしてきた公害事件や冤罪事件・消費者事件、最近ではライ予防法など、国を相手にする弁護士はいなくなってしまいます。
分り難い話ですので少し説明しますと、ある程度資金的余裕のある事件受任があってこそ、奉仕の精神で無償に近い公害事件などに取り組めたのですが、法律扶助や国選ばかりで、弁護士自体が食うや食わずのギリギリの事件ばかりやっていたのでは、手弁当の大事件を受任できなくなってしまうと言うことなのです。
或いは、センター紹介事件もそうですが、国の紹介だから当然安いという発想で頼みに来る人が多くなって、次第に弁護料の低額化が進むのです。
刑事事件では、この20年ばかりの間に国選が中心になってしまって、私選事件は皆無に近くなってしまいました。
民事事件も、個人事件は似たような経過をたどる危険があるのです。
弁護料が安ければ安いほど良いのが人情ですが、その結果弁護士自身が社会的弱者になってしまうと、自分が食うのに忙しくなって、本当の弱者のため・社会正義ための事件受任が出来なくなってくるということです。
弁護士になった以上は自分は食えなくとも弱者救済べきだと言うは、優しいですが、実際の所そうは行きません。
例えばこれまで100人が正義感で行動できたとして、これからは、自分が生活保護受けながらでも社会正義のために戦うと言う人はその何十分の1になってしまうのが現実でしょう。
それにそう言う弱者自身の戦いがあったとしても、そう言う場合には、思想が偏りがちで、行動が過激になりがちですから、結果的に社会的にマイナス・・建設的な方向へ行かないように思えます。
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