12/29/04
兵農分離5(白虎隊と長岡城攻防戦)
後の戊辰戦争を見ますと、巻き込まれただけでしかない長岡藩兵は、戦になった以上は善戦健闘したのが有名です。
長岡藩は、佐久間象山の弟子だった河合継之助の指揮のもと、一旦落城してから、その城を奪還したというのですから、そのしぶとさは半端ではありません。
単なる都市住民からなる兵士の集まりでは、出来ない粘りです。
長岡藩牧野氏は譜代大名家ですが、支藩を作ったりしたので5万石程度の小さな藩でしたから、職住近接で地元密着生活をしていたことと、新田開発や新潟港の開発などに努力して地元と密接な関係があったからでしょう。
今回の地震では大変な目にあって気の毒ですが、持ち前の粘り強さで、復興できることを期待しています。
ところが、この戦の原因となった肝腎の会津藩ときたら、国境線であっけなく負けてしまい、城下に押し寄せられるとすぐに「降伏」と言う体たらくで、まともな戦いが出来ていないのです。
白虎隊の自決の話にしても、「年端の行かない若者の純粋な気持ちとその結果としての悲劇」として、それはそれなりに心打つ話ですが、土着民の強さに対する都市住民の脆弱さと言う視点から見直してみると、どうでしょうか?
白虎隊の悲劇は、土に密着していない都市住民の脆弱さが現れたものではないでしょうか?
悲劇の若者に対し、厳しい言い方で気が引けますが、関が原で負けたときの宮本武蔵のように、したたかにしぶとく生きる強さがなく、「負ければすぐ自決」と言う会津の原理主義的な家訓を忠実に学び、応用した(エリート秀才の集まりだったのかな?)そのままの観念的対応しか出来なかったのです。
長岡藩のように城を奪回しようとする、しぶとさのかけらもありません。
甘やかされた、現在の若者心理の帰結に似ています。
刑事裁判官の好む常套文句を使えば、「短絡的行動」でしかないのです。
ところで短絡的というのは、どういう意味でしょうか?
まあ、分りやすくいえば複線的思考が出来ないということでしょう。
土に密着した生活を通して、複線的思考が身に付くのではないでしょうか?
道場で剣道の練習を朝から晩までやっていても、(勿論図書館で本ばかり読んでいても同じです)複線的思考は身に付かないでしょう。
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