12/26/04

身分とは?9(職業選択の自由)憲法98(戦後の戸籍改竄)

軍人(士官)募集については、上記引用コラムで紹介しましたように、士官学校の募集を始めたのが明治初年ですから約20年後の明治憲法成立時には、いわゆる「士」農工商間の身分差は戸籍上は別として、実際上なくなっていたのです。
なお、兵卒については、徴兵制に移行していたのはご承知のとおりですので、このコラムでは士官募集を中心に書いています。
また戸籍上の身分差別は、制度上戦後の民法改正まで残っていたのですが、戦後の民法改正以降は、士族や新平民などの族称部分が国民にわからないように役所で必死に抹消作業して、昭和43年ころまでには完了したと言われています。
この間に戦前の戸籍謄本の請求があると、その都度抹消しながら交付していたのでしょう。
このため、私たちのようにしょっちゅう戦前の戸籍謄本に接している職業の者でも、士族、平民、新平民等の書かれた戸籍謄本を見たことがないというわけです。
普通の歴史資料は残るのですが、戸籍に関しては戦後の平等思想で新しくつくった戸籍だけではなく、戦前の戸籍が相続などで日々取り寄せ利用する資料であるために、そのまま残すと戦前の身分差別が不当に利用されると困ることから、国民全部の戸籍の中の族称部分の抹消・・厳密には改竄を組織的にしていたのです。
このため偶然のミスによる抹消洩れ戸籍以外は、全部抹消されてしまったのですから、一種の歴史抹殺行為と言えるでしょう。
本来は、旧戸籍はそのまま部外秘として保管し、旧戸籍から族称を除いてそのまま写し取る作業によって、新しい戸籍を作り直すべきだったのでしょう。
しかし、現在のようにコピー機もなければ、コンピューター処理も出来ないので、膨大な手作業で、国民全部どころか既に死亡した過去の人の戸籍まで全部書き直すのは、事実上不可能だったでしょうから、簡易な部分抹消・改竄方式を選んだのはやむをえないところだったかもしれません。
このように戸籍上は、華族、士族、平民、新平民という族称は残っていましたが、実際生活では結婚で問題になるくらいで、経済生活・職業上は、(秩禄廃止と士官学校制度により、)士と農工商の区別がなくなっていたので、明治以降は国民の大多数にとっては、身分制は殆ど消滅したようなものでした。
しかし、国民には遠いけれどもなお、「華族制」(公候伯子男爵)という首の皮一枚の身分制を残していたために、「職業選択の自由」までは明治憲法では書けなかったのでしょう。
華族制廃止後の日本国憲法で、初めて「職業選択の自由」が認められることになったのです。
「農地改革が戦後民主化で始めて出来たのではなく、戦前から進んでいたのが、一気に進んだに過ぎないのと同様に、身分差別撤廃も、徐々に進んでいたのですが、華族制までは崩せなかったのです。
これが戦後民主化で一気に崩せたので、戸籍上の族称も廃止になったと言うわけです。
「職業選択の自由」と言う当たり前の制度と思われることにも、それなりの歴史があるのです。
比較すれば分りやすいので、明治憲法と現行憲法の両方を並べて見ましょう。

大日本帝国憲法
第22条
 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ移住及移転ノ自由ヲ有ス 日本国憲法(現行法です)

第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。



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