12/25/04

身分とは?7(武士道と職人気質)カースト

12月23日「士農工商の実際3」の続きですが、私の考えでは厳格な身分制度の結果、士農工商に分かれたのではなく、江戸大阪などの大都会に限って分業が発達していた結果を見て、学者が日本全土に行き渡った制度であるかのように誤解し?または牽強付会して、そのように定義付けているだけではないでしょうか?
私はこれまで書いて来たように、大都会を除いては、分業が発達せず、半農半士、半農半漁、半農半職人等々が雑居状態であったと考えています。
坂本竜馬の親は、酒造業(造り酒屋)だったとも言いますが、そういう混然状態(武士なのか商人なのか、あるいは工業なのか?)が普通だったでしょう。
厳格な階級制度としては、インドのカースト制が有名ですが、このカーストと言うのは、大枠は民族差別でしょうが、それ以上に細かく分かれたカーストは、実は細かく発達した職業に端を発した制度だったとも言われています。
インドは早くから交易が発達し、これに連れて発達した各種産業ごとに細かく仕事が分かれたのがカーストの発達となったのでしょう。
わが国でも加賀の蒔絵・金箔などは、工程ごとに職人が分かれています。
先ず、先に分化した職業があって、その職業別階級が形成され、その固定化から身分が生まれてくるのです。
職業が分化すると職業別気質が特質化されるようになり、その世襲制と相俟って身分として固定化されやすくなります。
わが国では、武士道などと大袈裟に言いますが、弁護士には弁護士特有の、医師には医師特有の、政治家には政治家のカラーがあるように、武士道も本来は職人気質、商人気質などと同列の一種の職業気質でしかないでしょう。
これまでも03/04/04「スポーツとは? 2(改易・整理)」前後のコラムで武術がスポーツ化して行った経緯を書いていますように、武士の本業である戦闘行為が収束して、存在価値がなくなったので、気になってきて、名誉とか武士の魂などと言う形式・様式にこだわるようになった点が、他職業の気質との違いとなっただけでしょう。
他職業人は現業ですから、そんな形式論を言ってるヒマがないのです。
武士も現業のときには、そんなことを考えていたのでは、相手にやられてしまいます。
宮本武蔵の吉岡1門との決闘など見ても、(物語ですが・・・・)ルールなど構ってられないのです。
後継者決定が世襲を基本とする進展(競争)の緩い社会では、ギルドの発達とともに職業選択の自由がなくなってしまいます。
職業意識(気質)の分化となり、世襲と相俟って、排他的階級意識の分化に繋がり、ひいては身分として固定されてくるのです。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

稲垣法律事務所コラム内:観光に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:千葉に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:農地に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:地方に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:歴史に関するコラム


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資