12/15/04

郵政民営化と全国画一サービス論1

現在政治問題になっている郵政民営化の反対論の主な言い分は、「全国画一のサービスが受けられなくなる」と言うことです。
過疎地あるいは地方または郊外に住む人は、東京から遠いとか都会から遠いとか、いろんな意味で不便を承知で生きているのです。
映画を見るのも音楽界へ行くのも、あるいは駅まで出るのもそれぞれ住む場所によって格差があるのは当然のことです。
過疎地に限らず大阪の人は東京に遠い不利益を受けていますし、四国の人は神戸の人より大阪に遠い不利益を受けているでしょう。
東京・大阪の人も郊外か中心部かによって利便性が違うのですが、それは選択の問題です。
雪の降るところ降らないところ、いろいろあって国民はもともと、常に画一サ−ビスなど受けていないのです。
そんなことは物理的に不可能なばかりか、もしそれが実現できる社会が出来たら不気味ですよ〜。
人間がロボットに昇格したときでしょうか?
役人や学者は、全ての分野にわたる画一サービスの実現など本気で考えてもいない筈ですが、彼らは、程度問題で出来るだけ均等なサービスを保証したいというだけだと言い訳するのでしょう。
出来るだけとか言い出すと自分の都合のよい時だけ主張で出来ることになって、ご都合主義になってしまいます。
こうして見ると、小泉総理の言うとおり、「人生いろいろ」な不便の中で生きているのに、郵貯や簡保だけ全国画一的なサービスを保障なければならないかどうかと言う議論をすべきです。
郵便局が遠いか近いかの格差は、病院が遠くて不便とか息子が遠くに住んでいて滅多に会えないのとは違う、もっと死活問題だというのでしょうか?
まして、現在はファックスその他の通信機器が発展していて、郵便の比重が殆どないのではないでしょうか?
いろんな重要情報は電話等で連絡されていて、郵便物の大半はダイレクトメールと言う時代です。
今でも形式的書類は、事前連絡の後書留郵便で送られることがありますが、(ファックス交換後)これは単に前時代の名残にこだわっているだけであって、郵便が過疎地に行かなくなれば、新しい連絡手段が考案されるでしょう。(電子メールの認証が法的に認められるようになったのもその一つです)
電子メールやフアックスなど新手段に対応できない人はどうするのか?という人がいるでしょうが、そんなことはいつの時代にもあることで、明治時代におきなおせば、文字の読めない人のために郵便制度に反対するようなものでしょう。
ファックすは、自分で操作しなくとも、機械が自動的に受けてくれるので、それを読めばいいだけですから、機械音痴・機械弱者にもなんら問題がないはずです。
これから10年20年後に、自分で書いて送ると言う単純作業も出来ない人が、通常の商取引に参加するとは考えられない心配事でしょう。
そういう無能な人は郵便配達区域の都会にも一杯住んでいますが、何故過疎地の無能な人だけ引き合いにするのかということです。
10年20年後にもファックスも駄目、電子メールに対応できない能力の人は、もともと裁判その他重要取引には、気の効いた人に相談するのが普通でしょうから、(今でも80〜90台の殆どの人は、文字が読めても息子など家族に相談しています。)そうした心配は杞憂なのです。
老人を狙った詐欺事件が多発するのは、身内に相談しないで何事かを実行してしまう弊害を表しているのであって、郵便が行き届かないからではありません。
電報についても、サラ金や闇金の取り立てに多用されているのが現状で、電話すらなかった明治維新当時の電報とは意義がまったく違っているのです。



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