12/13/04

地方と観光産業4 (千葉の場合2)冬期湛水水田・不耕起農法2

幸い、千葉には、野菜を作る畑地なら、いくらでも空き地がありますので(雑木林が今もいくらも残っているのが千葉です。)何も無理して水田跡を冬の間だけ耕そうとする意欲が沸かなかったとも言えるでしょう。
今でも雑木林が点在する千葉市の様子については、12/06/03「千葉の歴史4(千葉県人と海洋史観1)」以下の連載でも書きましたが、私の考えでは、千葉までは、勤勉革命が伝わらなかったのではないでしょうか?
冬期湛水水田・不耕起農法の提唱者は、千葉県佐原市の岩沢信夫という人らしいですから、この放りっぱなし農業を目の当たりに見てきたから気が付いたことかもしれません。
ちなみに、佐原の広大な水田は、利根川からの灌漑によるものでしょうから、谷津田ではありません。
佐原方面の人は、在来千葉人とは違って千葉人の中でも働き者だと思いますので、岩沢さんが怠けていたのではなく、県内の他人の放置水田からヒントを得たのではないかと言う勝手な想像です。
こんな具合に、千葉人は結果的にせっせと耕す時流に乗り遅れていたのと同様に、今回も大した観光地がないことから、観光立国に興味がないのは分かりますが、よそから来た人が迷子にならない程度の道路標識くらいは、立てて欲しいものですね。
道路標識さえ整備していない観光地については、11/29/03「観光地の整備 2(養老渓谷2)」のコラムで紹介しました。
そう言えば、昨年の夏に海水浴に行くドライバーが、午前3時ころに東金バイパスを出て普通道路に入ってたのですが、夜中で真っ暗な為に気がつかずにスピードを出していて、スピード違反で検挙された刑事事件を10月に担当しました。
「高速終わり」という標識だけだと見落とし易いから、出た所で60キロ制限の標識をつけてくれるべきだというのが、被告人の納得できない言い分でした。
高速道路の終わりで、料金を払うのだから分るだろうと思う人が多いでしょうが、その高速の先に九十九里海岸までの別の有料道路が開通したことがマスコミで報道されていたのですが、実際は、一旦高速道路が終わって何キロか走ってから、また入る仕組みでした。
そのつなぎ区間は、片側2車線の中央分離帯のある立派な道路ですので、被告人は真夜中のことで、そのまま次の高速に入っていると誤解したのです。
観光事業と違って大したお金がかからないのすから、遠くから来た人にもわかるように標識くらいはしっかりケチらずつけるべきではにでしょうか?



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