12/05/04

中国の野菜と牧畜

広やかな流れに沿って立つ高層ホテルの印象から、20年近く前に家族5人で中国広州市で泊まった白天鵞ホテルを思い出しました。
同ホテルは、これ(オテル・ド・レーゼン)と似た印象で、大河の曲流している岬のような位置に建っていたのです。
当時中国は解放したばかりで貧しくて、マカオから広州へ至る道中は泥んこ道で、しかも殆どの人ははだしみたいな格好で泥だらけで歩いている時代でした。
何しろ白い筈のアヒルの群れさえ、泥んこで黄色くなっているのです。 
家々には、ドアーがなく、窓も黒く穴が開いている感じで、(日本ではガラスがない時代にでも障子が発達していますが・・・)ドアーに使う木が貴重品であることが分ったものです。
このことは、その後ロンドンに行ってみても、ドアに使う板(オーク材)がその家の格をあらわすと知りましたので、樹木の豊富な日本以外では、中国に限らず木で内装をするのは、とても高価なものと知ったわけです。
火災に合う前のウインザー城を見学したことが有りますが、驚いたことに内装は飴色のオーク材の板張りでした。
西洋のお城は、映画で見ても石壁の剥き出しが多いのですが、矢張り、お金があれば、板張りの方が住み心地ががいいのは日本人と同じなのです。
中国や西洋の城が石剥き出しなのは、ただ貧しいだけかと納得したものです。
ホテルの自動ドアから洩れ出る冷房の冷たい空気を求めて、市民がホテル前に座り込みに来るのを、ホテルの警備員が絶え間なく追い払っているのです。
そう言えば、その2〜3年後に家族で北京へ行ったときには、昼食を取ったホテルで冷えていないぬるいビールを出されたこともあります。
当時北京市内には、車と(といっても戦後の日本のように角張ったものです)一緒にロバが荷馬車に藁を満載して歩いていたりしている時代でしたので、冷蔵庫は、まだ一般的ではなかったようでした。
勿論日本資本が建てた最新式の宿泊ホテルでは、冷房もあり冷たいビールも出ましたが、普通の一般的ホテルでの話です。
中華料理にでてくる野菜類も羊が食べるようなごわごわしたものばかりで、日本人が食べるにはよほど胃袋が丈夫でなければ無理な感じでした。(だからこそ炒め物が発達したのでしょう)
中国北部で牧畜が発達した理由が、分ったような気がしたものです。
万里の長城付近の景色を見ても、とても人間が食べられるようなものが出来そうにない、ごつごつした土地です。
寒いからやさしい野菜が育たないのではなく、土地が痩せていて、日本のように柔らかいものが出来ない様子です。
そう言えば、広州付近の田舎をほぼ1日車で走り回ったのですが、物産の豊富なこの地域でも土地は痩せていて、生えている樹木も病気みたいな弱々しいものばかりなのには驚いたものです。
黄河流域以北では、土地が痩せていて人間の胃袋ではどうにも消化できないから、人間の代わりに羊や牛に食べさせて、人間はその消化した結果の肉や乳製品を食べるしかなかったのでしょう。
中国の歴史で、匈奴など北部の民族は牧畜していたのは良く知っていましたが、「羊などが人間の胃袋の代わりをしている」と言う簡単なことを中国旅行するまでまったく知らなかったのですから、矢張り旅行はしてみるものです。
今では日本企業と提携して、業務指導で柔らかいものができるようになっているのでしょうが、(多分南部地域に限るでしょう)そのころはそういう時代でした。




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