12/31/03
大晦日2(日本書紀・・かがなべて・・・・)
昨日は、本から探そうとするには時間切れでしたが、サーチするにはコンピューターが便利ですね。
「新治 筑波を過ぎて幾夜か寝つる」というのに対する返歌だったことを想い起こして、何となく出そうなキイワード「新治 筑波」で検索するとずばり出ましたよ。
平成12年度公開展示会図録
〔一〕日本書紀 というものから、コピーさせていただきました。(感謝!)
「巻第七にみえる日本武尊と秉燭人の唱和「珥比_利莵玖波塢須擬鵜異玖用加祢莵流」(新治、筑波を過ぎて、幾夜か寝つる)、「伽餓奈倍鵜用珥波虚虚能用比珥波苫塢伽塢」(かがなべて、夜には九夜、日には十日を)
は四・七・七と五・七・七、三句ずつの片歌問答といわれるもので、『古事記』にも同じ歌がでている。卜部懐賢(兼方)が自著『釋日本紀』においてこの片歌問答を連歌の起源としている。」
このように、大昔では、「日々(かが)なべて夜には・・・日には・・・」という数え方をしていたのです。(かがに漢字「日々」をあてるのは私の40年以上前の記憶でしかありませんので、正確かどうか・・・・?というところですが。)
太陽を見ているだけでは、今日は何日か見当もつきませんが、月を基準にするとその形が毎日変わるので、今日は満月から何日過ぎたのかが、子供でも分りますよね。
昔は、下弦の月だの上弦の月だのと学校で習わなくとも、必要に応じて自然に身についていたのです。
こうして考えると、昔は空にカレンダーが懸かっていたようなものだったのですから、便利な時代でしたね!
唐の辺塞詩人(辺境をうたう詩を多く書いた詩人という意味です)岑參が、壮大な「時空」を、月の満ち欠けで表現していますので、紹介しておきましょう。
テクテク1週間か10日程度歩いたのを数えるのと違って、ちょっとスケールが大きいですよ!
「磧中の作」
「 馬を走らせて西に来たり 天に到らんと欲す
家を辞してより月の両回円(まどか)なるを見る
今夜知らず、何れの処にか宿するを
平沙万里 人烟絶つ」
砂漠の旅では、月の満ち欠けでしか月日の流れを知ることが出来ないのです。
科学的には(大きな意味では)太陽暦が正しいかもしまれせんが、カレンダーなどの道具なしで、空だけ見て生活するには、お月様は便利な存在でした。
ロビンソン漂流記では、毎日メモしていてやっと月日を数えていたと言うのですから、彼は太陽暦しか知らなかったのかも知れません。
5〜10日は覚えていられますが、50〜60日を越えてくるとメモしないと記憶だけでは怪しくなりますよね。
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