12/29/03
身分とは?6(中世社会5)(エタ、非人)
穢多(エタ)、非人に戻りましょう。
非人は、前回のコラムで紹介しましたように、もともとは人間界外のものを表すものだったのですが、中世ころには、社会生活から脱落し、公私の支配対象から外れ、体制外の身分として社会的に阻害された階層の総称になって行ったものと言われています。
以下は、定説と言うのではなく有力説としての意見ですが、非人身分の構成員は、A 獄囚、放免 B 乞食、坂の者、宿の者、散所の非人などの貧者及び社会的落伍者 C ハンセン氏病者 D 屠殺、斃牛馬処理、皮細工などを主たる生業とした穢多、河原者、E 声聞師、傀儡子などの雑芸民等があったらしいです。
近年の有力学説としては、中世社会の身分分類基準としては、A 人(尊貴)か人ならぬもの(卑賤)か、 B 世間(俗)か出世間(聖)か、 C 浄か不浄かの3つの軸があったと言われます。
この価値基準によると、非人は出世間の卑賤且つ不浄な存在として位置付けられていたことになります。
また、出世間という意味では僧侶身分と共通し、下賎の点は、下人や所従と共通していましたが、僧侶身分は尊貴で且つ不浄視されず、下人所従は、俗界で卑賤ですが、不浄視されないのです。
一方で、人格的隷従を特徴とした下人や所従のように、個別の主人を持たない代わり、非人集団を形成し一般の職人集団と同じ形態をとっていたのが特徴です。
この意味では、一種の職能集団でもあったので、清掃や葬送を担当していたことを根拠に、非人身分は本来清掃をはじめ、穢れを清める清目を職掌とする職能身分として成立したとする網野善彦氏の有力説があります。(この人はかなり本を書いていますよ)
ただし、牧英正氏の説では、その本質は、共同体からの脱落者であろうと見ていますし、私もそうではないか思います。
中世の慣習的・流動的な社会身分を、豊臣政権が皮多、穢多等の身分として固定したという説もありますが、必ずしもそうではない、と言う意見もあって、真相はやぶの中で、これからの研究に待つしかないのかも知れません。
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