12/18/03
刑罰の種類3「公事方御定書2と刑法5」
「公事方御定書」に戻りましょう。
この公事方御定書は、日本の歴史上、律令、御成敗式目と並ぶ、日本3大法典の一つに数えられるもので、各藩に大きな影響を与えたものでした。
吉宗の改革では、耳そぎ廃止、庶民については縁座を廃止、子供まで処罰するのは、主殺しなど重罪に限る、他国領への追放は禁止する。
1年以上の軽微な犯罪は、反省していれば罪を問わないなど(一種の時効ですかね?)に改められました。
前々回のコラムで紹介しましたとおり、公事方御定書は、先例の集大成の結果出来たものですから、逆に考えれば、それまでも、奉行所では、恣意的に処罰していたのではなく、先例を調査して事例に応じて処罰していたことが推測できるのです。
「公事方御定書」は上下2巻になっていて、上巻は裁判手続き、下巻の末尾に「お仕置き仕方の事」として刑罰と執行方法が記載されています。
その刑罰を見ますと、当時の刑罰は、『御仕置き」と言い、いろいろな刑罰が定められていました。
以下重い刑(死刑)から、順に紹介しましょう。
死刑には、鋸引き、磔、獄門、火罪、斬罪、死罪、下手人の7種類がありました。
今では、死刑の執行方法は一種類しかありません。
現在の刑法を見ましょう。
刑 法
【目次】
第1編 総 則
第2編 罪 明治40・4・24・法律 45号
(死刑)
第11条 死刑は、監獄内において、絞首して執行する。
2 死刑の言渡しを受けた者は、その執行に至るまで監獄に拘置する。」
以上のように現在では、死刑は絞首刑しかありません。
アメリカ映画のように電気椅子というのもなければ、銃殺と言うのもありません。
また、公開の処刑と言うこともありません。
所の歴史3(刑罰の種類1)」コラムで書いたように見せしめが目的だったのでしょう。
江戸時代までは、鈴が森や、小塚が原で公開処刑していたようですが、これは「刑務今では、監獄内で執行しますので、誰も見学することは出来ませんし、商魂たくましい観光業者が、見学ツアーを組むことも不可能です。
しかも、あらかじめ執行日時を、公にしないで、後に発表するだけです。
以下、執行方法を種類別に紹介しましょう。
斬罪は、武士に対するもので、武士にはその他に切腹もありました。
鋸引きは、主殺しにのみ認められ、1日引き回しのうえ、両肩に刀傷をつけ、竹鋸の歯に血をつけて、2日間日本橋の袂で晒している犯人のそばに立てかけて、希望者があれば鋸を挽かせ、その後は、浅草か品川(鈴が森)で磔にかけると言うものです。
獄門は、牢内で首をはね、浅草か品川で首を晒すのです。獄門とは、平安時代に、羅城門だったかどうか、忘れましたが、門に、首を晒していたことから生まれた言葉だと思いますが、江戸時代のは、そういう門がなく、単に台に首を載せておくだけですから、正確には、梟首と言うのが正しかろうと思います。
火罪は,八百屋お七で有名な放火犯にだけ適用される火炙り刑で、同害報復刑・タリオです。
死罪は、首をはねるだけでなく、死刑執行後に試し切りの対象とされる場合をいいます。
下手人とは、もともと犯人の意味でしたが、転じて死刑の一種とされ、首をはねられるものの、死罪のように家屋敷の没収が付加されず、試し切りの対象にもならないものを言うそうです。
死刑の方法がいろいろあるだけでなく、死亡後も、試し切りにされるなどでは、かないませんね。
現在では、死刑執行後の遺体はどうなっているかについて、次回のこらむで、現在の監獄法を見てみましょう。
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