12/30/02
55年体制 1
この機会に、いわゆる55年体制について少し説明しておきましょう。
55年体制が、中小企業の活力を奪い現在の閉塞状態を生み出した元凶であると私は考えています。
平成14年五月31日のコラムで、社会の中間層を不良に追いやらない為の方策として、中小企業を大事にする社会が必要である事、55年体制は中小企業経営を圧迫するものである事の結論だけを書きました。
今回は、55年体制そのものを、正面から取り上げてみましょう。
大企業と農民をバックとする自民党と、大企業労働者と、官公労労働者(旧国鉄などの3公社五現業及び、自治労など各公務員)をバックとする社会党による自社2大政党体制下で出来上がった諸制度の事です。
それまでは、戦後民主主義の試行錯誤過程で紆余曲折がありましたが、保守合同によって、自由民主党が結成され?方革新系は、左右社会党の合同によって、日本社会党が生まれました。
2大政党制が出来上がった以後、自社2大政党が時に対立し、時に妥協して、各種の諸制度が整備されました。
現在の諸制度は、この時以後整備されたものが殆どですから、現体制がこのように呼ばれています
簡単に言えば農民・大企業とその従業員による利益分配構造をせっせと作り上げた時代だったと言えるでしょう。
2大政党から見放された零細事業者、職人、一言で言えば、農民と大企業や大規模組織の人以外は、国策から全く除外されたどころか、積極的に損をする仕組みが営々と築かれていった時代でした。
社会保険や税制で見れば、その本質が透けて見えるものです。次のコラムから順次見ていきましょう。
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
