12/19/02

動植物の権利能力 3

痴呆老人は、正常な人と違って、実際に使う予定もないのに、預金通帳の残高を眺めて喜んだり悲しんだりする能力がない、幸せな性格者ですから、(こちらの方が正常かな?)財産全部を使い込まれても、精神的なショックを受ける事は、殆ど考えられません。
従って、純粋に経済的に、被後見人が死ぬまで、きちんとした介護を受けられるかどうかだけを規準に財産管理の必要性を考えれば良い事に成ると思いますが、人間は無一文でも人である限り、保険その他で手厚い介護を受けられる仕組みに成っているのに、(民法19のコラムで書いたとおり、殆どの老人は、資産を売り飛ばされても年金などの日銭収入で賄える仕組みになっています。)財産管理の為の後見人が選任されます。(建て前は別として、本当は、ぼけ老人の為ではなく、家産を守りたい、と言う制度ではないかと言うのが私の意見ですが)動植物は、権利能力がない為に財産管理人が選任される事もありません。
このため、受贈者が契約違反をしてしまえば、どんな救済方法もありません。(保健所に引き取られるのでしょうか?)
こうした不安を解消する為には、動植物にも権利能力を付与して、預金や土地を動植物名儀に出来るようにしたらどうかと言うのが、私の発想です。
繰り返しますが、権利能力と行為能力の区別のない時代には、行為能力のない人も『人になっていない未成年=未だ人の年に成らず』と言う扱いでしたので、動植物と扱いは法的(形式的)には同じだったのですが、明治以降、人は生まれたときから権利能力の主体となりましたので、動植物との違いが際立ってくるのです。
西洋では、『人』を『万物の霊長』として特別扱いをする伝統がありますので、違和感がないのかも知れませんが、我国では、殆どの人が可愛いペット等(樹木も大事にするどころか、神木に昇格しているのがありますよ)は擬人化して子供同様、うっかりすると、子供以上に可愛がっているのですから『人』と、その他を峻別する西洋風の思考法は馴染まないように思います。
最先端科学であるロボットにしてもそうです。鉄腕アトム以来、我国ではロボットにも人間と同じ心を持たせて来た事が、現在のアシモ君等の世界最先端のロボット技術に繋がっているのです。
我国固有の法感情に基づいて、新しい法理論を展開しても良いのではないでしょうか?
学者は、西洋の翻訳ばかりしていないで、我国の固有の法感情に根ざした新しい価値観を世界に発信して欲しいものです。




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