12/17/02
権利能力と行為能力 2(民法23)
昔は、権利能力と、行為能力の区別を考えていなかったので、1人前の人間になる事を成人(人に成る)と言い習わしていた事は、コラム『民法21』で書いたのでお分かりになったと思いますが、現在では、1人前でなくとも、権利能力を与えて、行為能力だけ制限すると言う時代になっています。(コラム民法18)
この区別がなかった時代には、行為無能力者イコール、人扱いしなくてよい、と言う極端な考え方に繋がって、禁治産者を昔の非人と同視して怖がったのだと思います。
話が変わりますが、物の道理と言うか本質をわきまえないタイプの人は、極めて法律的と言うか、形式的な解釈を好む傾向があります。
非人と言えば人に非ずというから人扱いしなくてよい、どんな虐待をしても良いと言う極端な考え方に走り勝ちです。
切り捨てご免の制度があったから、侍がむやみやたらに町人(以前書いた厳密な意味ではありません)や、百姓を切り捨てていたかと言うとそんな事はないのです。時代劇でもやっているように、人ひとりが殺されたら大変な事だったのです。
女性の地位に関しても同様で、三くだり半の制度があったとは言うものの、そうそう一方的に離婚出来たのではないのです。
むしろ、実際は女性側からの要求で発行するのが通例だったようです。(この流れを組んでいると言えるかどうか疑問ですが、今の労働法では、労働者が退職すると、離職証明の発行が要求されるのと同じかな?・・・私の思いつきの説です。)
実家に帰った女性が、『三くだり半』を貰う為に金を使ったりした例もあり、男も『三くだり半』を受け取ったと言う証文を女性から貰えないと、再婚出来ない等で困ってしまう事があった様です。
結局、運用としては今の離婚届に双方の押印が必要なのと殆ど変わらなかったようです。
今でも女性から別れ話を持ち出されたら、男は困った挙げ句離婚届に判をおすのと似ていますね。
それで離婚届を出すのに、決まり文句でどんどん形式化していった挙げ句に簡略化の極地として、三くだり半と言うたったの3行の線に成っただけの話です。
話が変わりますが、みなさん江戸時代の古文書をお読みになった方がいるでしょうか?
決まり文句は際限なく簡略化するやら、文字も決まった使い方の場合は、点に近い程度や棒のようなものを書いて、その意味を現わすやり方でした。(そんな訳で、古文書は、単に崩し字を知っているだけでは読めないのですよ。前後の文脈でグニャグニャとした線をどう判じるかと言う事になります。)
私の事務所でも、私が原稿を事務の方に出すとき、私の名前や相手の名前等記録で分っているときは、ぐちゃぐちゃと線を引いただけで渡せば、ちゃんと△△裁判所とか○○弁護士などの印刷になるのと同じですから、私はそう言う文書を見ても腹が立ちませんが、几帳面な人は古文書を見るとイライラすると思いますよ。
話がどんどん横にそれましたが、このように額面通り、形式的に行動する人がたまにいると、困った事になりますので、(民法19のコラムで論じた権利の濫用の法理の出番です。)いろいろ資格の制限を認めるとしても、江戸時代までのように、十把ひとからげに『人でない』と言う言い方は誤りの元ですから、出生した以上はすべて権利能力者とした上で、必要に応じて、資格を制限して行くのが合理的と言うものでしょう。
我国では色に関しても『緑なす黒髪』とか青も緑も細かい区別がない等、全体として語彙が少なかった事もこの際思い起こされるといいでしょう。
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