12/14/02
無能力制度 2(民法21)
話が精神障害者の受け皿や、刑務所(刑罰が何の為にあるか)の話になりましたが、どう言う人が法律行為能力がないとされているのかを見てみましょう。
赤ちゃんが法律行為をする能力がないのは誰でも分かりますが、5歳ならどうか10歳なら、15歳なら、18歳ならと考えて行くとその境目がはっきりしませんね。
また、人の成長はそれぞれですから、あの子はしっかりしてるから、契約を有効にしよう、この子はまだ年の割に幼いから契約をしても無効だなどと個別に決めていたのでは、世の中の取り引きが不安定で成り立ちません。
そこで、民法は、その子供の育ちが早いかどうか、頭が良いかどうかと言う個性に関係なく、20歳を成年と定めました。
『民法第3条 満20年ヲ以テ成年トス』
ところで、成年と言うのは不思議な言葉ですね。歳に成ると言うのですが、今では私より少し年上の世代の人が、『もう歳だから、』と言う使い方をしますが、20歳で『もう、歳になった』と言うのは奇異ですね。
多分、以下に記載の『成人する年』になると言う意味かも知れません。
その上、20歳になると巷では、成人式だと騒ぎますがこれも考えてみるとわけの分からない言葉ですね。
人になると言う意味だと思いますが、以前から書いているように、現在の法律では、(明治31年に出来た最初から)生まれたときから人になってるんですよ。
昔、7つになって、(当然数え歳ですが)人別帳に記載され、これを祝ったのが今の7つのお祝だと思いますが、そうすると、7歳が人間界に入る境目だったのかも知れません。
20歳の式は、江戸時代またはそれ以前の元服式(その他、地位のある人の烏帽子をかぶる儀式、伊勢物語にも、ういこうぶりと言う章があります)の発展または変更型だろうと思いますがどうでしょうか?
明治政府は、やたらと、武士のしきたりを庶民にまでに強要したという偏見を私は持っていますので、そう思うのですが、それにしても現在何故(人になる)成人式と言うのでしょうね?
中国では、昔から、一人前の人になるのを、成人と言い習わしていた様です。
たとえば、建安前後の(後漢の献帝から魏にかけた時代です)女流詩人が戦乱の中で匈奴に連れ去られ、そこで2子をもうけた12年後、子供と引き裂かれる悲しみを謳った悲痛な詩の一節に、『児は、すすみて我が頸を抱き、母に問う、いずくに行かんと欲す』『・・・・・』『我尚、未だ人と成らざるに』と子供が母に置いて行かれる悲しみを母に訴える部分があります。
これは匈奴に連れさられて、左賢王との間に2人の子をもうけていた女流詩人蔡えんを、(3国志で有名なので皆さん御存じの)魏の曹操が匈奴との交渉で母だけ救い出したときの詩です。
歴史は繰り返し、最近北朝鮮に拉致されて、母だけ日本に戻って家族が引き裂かれている人々と同じ境遇で、胸が打たれますね。
このように一人前になる事を『人と成る』と言う言いまわしが、中国では古くからあった様ですから、成人式と言う命名は、古くからの言い回しを踏襲した言葉かも知れません。
そして、中国では古くから加冠は20歳であった事から20歳を成人としたのかも知れません。(江戸時代の元服は15歳だったのに、何故いきなり中国の年齢に合わせたのか不思議ですね)
ともかく、20歳未満の人を、未成年(前記の漢詩の表現に倣えば、未だ人に成らざる年)と言って、どんなに頭が良くても、20歳までは法律行為能力がない、無能力者になっています。
法律の上では、東大の1年生よりも、20歳になってまだ暴走族をやってるアンチャンのほうが能力があると言う扱いになっています。
これを知ったら暴走族の青年も自信を持つかな?
20歳までは、、成績トップも、ビリも、或いは、一流高校生であろうとなかろうと、一律に無能力と言うことですから、『法の下の平等』と言う憲法理論を思い出す人が多いと思います。
法の下の平等と言う思想は、個別の能力に応じて区別をしても良いと言う原理ですので、ちょっと違う事になります。(残念でした。誰でも東大に入れる訳ではなかったのです。)
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