12/09/02
民主主義と議会制民主主義
11月 30日の民主主義というコラムで書きましたが、真の改革は、既得権益を代弁する勢力の意見を聞いていたのでは絶対に出来ません。
報道する所では与党議員だけで、現状のまま、『赤字でも何でも高速道路を作り続けろ』と言う議員が330人にのぼるというのですから、代議士のほとんどは国民全体の考えと乖離していると言えるでしょう。
代議士が真に国民の利益を代弁せず、利権によってこれほど露骨に行動しているときに、疑似民主的に代議士の多数意見を尊重していたのでは何の改革も出来ない事は明らかです。
議会制民主主義と言うのは国民の総意を、代議士が代表して国会できめる制度ですが、国会議員が個別のテーマについて、信任を得るのではなくその他の利害を中心に選任されている現状では、(11月22日23日の国会の機能1、2参照)結局、議員に人材を得ないときは、限り無く権限の濫用を誘発する制度となってしまいます。
彼等は、もっと高速道路を作るか否か、と言うテーマを掲げて当選したものではないのに、あたかも自分達の意見が無視されると、民主主義に反すると言い立てます。
盗人猛々しいとはこういう人種の為にある言葉ではないでしょうか?こう言うお前は何故民意が分かるのだと言われそうですが、最近の顕著な実例として長野県知事選を思い出して下されば良いでしょう。
県議会議員多数(勿論革新と言う名称を使っている会派も含めて)によって、知事による脱ダム宣言を否定する為の不信任決議が採択されたのですが、その結果の知事選では、革新を名乗る会派から有力対立候補が出馬しました。
曰く『県民の代表である、県議会の意見を無視するような政治手法は許せない』と言うもので、正面切って『ダムをもっと作れ』とは言い切れませんでした。その結果県民は、圧倒的に田中知事を選任したのです。
彼等の最近の論法は政策の当否をテーマにすると自分達が民意に反している事を知っているらしく、『もっと皆の意見を聞いてやるべきだ』という手続き論や人格攻撃に絞ってくるように成りました。
しかし、ダムをもっと作りたいと言う県議会多数の意見を取り入れていたのでは、結局今までどおりの政治に成ってしまいます。
県民は、県議らが真に県民を代表していないのを知っており、『県議の意見を無視するのは民主主義違反だ』と県議らが束に成って訴えても、そんなまやかしに耳を貸さなかったのです。
国政においても同様で、もしも、高速道路の運営を、今までどおりやって行くか、思いきって、この際改革するか、の民意を直接問えば、長野県知事選と同じで、結果は明らかなはずです。
民主主義に違反しているのは、民意を代表すべき代議士が、当選後利権に目が眩んで、国益に反するような言動をしている多数派(本当は全議員?)の議員達ではないでしょうか?
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