11/28/07

農地開放政策の意義2(GHQの占領政策1)

話がそれましたが、現在の破産や再生法の制度は、生産手段の取戻しまでは認めない現在の社会状態を反映した新種の徳政令というべきです。
(鎌倉時代に朝廷の行っていた徳政・仁政の仲間です)
破産は財産を破綻させる意味ですが、財産と言えるほどの資産のない人が行き詰って、青息吐息の借金だらけの人が、(元々取られる財産は何もない階層ですから)財産を取り戻すのではなく、息を吹き返すだけ手続きを再生・・・再び生まれる法とは、言い得て妙ではありませんか!
この辺で、平成19年11月26日・・・1「農地開放政策の意義1(徳政令)」の続きに戻しましょう。
戦後の農地解放・・・農地の強制買収と零細農民への再交付となると、徳政令や棄捐令に似ています。
しかし、生産手段の取り戻しとはいっても、この間に社会の仕組みが変わっているのですから、結果的に農村社会構造を明治以前の50〜60年前に巻き戻す行為となります。
江戸時代や鎌倉時代の御家人救済は、社会仕組みが変更されてしまうと幕藩体制が持ちませんから、担保流れになる前に取り戻させた・・担保解除させたに過ぎないものです。
これに対して小作人あh既に一旦土地を担保流れでとられてしまった完了形の事柄の回復ですから、社会組織に与える効果が本質が違うのです。
農地解放に戻しますと、多数の零細農民の創設・失ってしまった農地所有権の復活行為・・これが正しかったかどうかは100年単位の歴史を経ないと何ともいえないでしょうが、ともかくアメリカ・GHQの占領政策の一環であったことは確かでしょう。
比較が正しくないですが、せっかく大企業になったところで、大会社が諸悪の根源だとして、これを解体して従業員一人づつの個人企業に分割するようなことがあれば、社会組織はガタガタです。
農地開放・・農地所有の細分化政策は、デパートやコンビ二・ファミレスを1店舗づつに強制分割して、各店長の個人所有にしろというようなものです。
ただし、これまで繰り返し書いてきたように、日本の農民追い出し政策は、大規模農業に変身できず、零細な集約農業形式のまま地主小作関係を作り上げただけですから、結果的に失敗していたのです。
私は、明治の農業政策の失敗をそのまま温存すべきだったという意見で書いているのではありません。
明治政府による、イギリスのまねをした農民の追い出し→都市労働者輩出政策は、工場労働者供給の点ではうまく行ったのですが、他方で根こそぎ零細農民をなくすことが出来なかったのです。
イギリスのように農業から羊の牧場に切り替えたのではなく、・・・農業形式が従来のまま・・・人力による集約農業のままですから、人手は、江戸時代同様に必要だった以上は当然の結果です。



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