11/12/07

物権から債権へ3(民法383)

はなしを物権と債権に戻しますと、債権債務観念が発達していなかったので、土地利用に関して世の中のほとんどは物権的規律で成り立っていたのです。
あるいは契約による債権債務を介するというよりは、物だけでなく人に対してさえも直接的支配関係が主流でした。
ちなみに、物権の設定自体は契約によるものですから、契約が全くなかったわけではありません。

民法
(物権の創設)
第175条 物権は、この法律その他の法律に定めるもののほか、創設することができない。
(物権の設定及び移転)
第176条 物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。

主従の契りも、ご恩と奉公の対価関係にある1種の契約でした。
(当時は契約とは言わなかったことを、08/29/07「契約とは?3(民法237)(ちぎりからちぎるへ)
」前後で紹介しました。)
しかし一旦主従関係が成立すると、その後の関係は債務者の自由意思を介した関係ではなくなる・・生殺与奪の権が生じるのです。
信長の例で言えば、(といっても歴史小説で聞きかじって知っているだけですから本当かどうか知りませんが・・・)人に対する支配も、犬や馬に対する支配もほぼ同様の直接的関係・いまの言葉・法律用語で言えば物権的関係であって、突き詰めていけば基本的人権など意に解さない社会だったとも言えるでしょう。
これが西洋では、個人主義、意思主義〜人権思想の発達で、様相が変わって来ました。
  「我思うゆえに我有り」
  「人間は考える葦である」
などの言葉が良く引用されますが、明治以降は、近代西洋の意思万能思想の輸入で、物事は須らく個人自由意思に基づく契約で、債権関係を介して決めるべきだという風潮になってきたのです。(身分から契約へ」という標語のとおりです。)



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