11/12/07
物権と債権1(民法381)(入会権2など)
債務譲渡禁止の説明から要物契約・・既に債務が履行済みの契約類型に話が行ってしまいましたが、再び、賃貸借の債務の説明に戻ります。
ところで、物の貸し借りには今では賃借りなどの契約によるしかないようなイメージですが、他人の土地利用権としては、昔から契約による債権債務関係ではない地上権や小作権地役権などがあります。
同じく他人の土地利用なのに、地上権や永小作権と構成すると、これらは物権ですので譲渡自由が原則ですから、紛らわしいのです。
他人の物の利用方式自体は古代からあるのですが、他人の土地の利用方法としては、明治までは、小作権か地上権などの土地に対する権利・・物権的支配権でした。
実際には、明治の近代化以前には、土地所有ないし使用関係は、領主権に始まり重層的な権利が入り組んでいたのです。
(例えば、徳川家で言えば、徳川の領主権の下に旗本の領主権があるなど、支配側の領主権自体も重層的でした。)
この複雑な権利関係を明治民法で整理して、所有権とそれ以外・・入会権、地上権、小作権、地役権、さらには所有権に入り込んだ形で相隣関係などに分化しただけですから、昔から地上権とか小作権と言っていたわけではありません。
(地主小作という表現は明治以降の観念でしょう。)
西洋(といってもイギリスだけの話かな?)では、領主権がそのまま所有権者となって農民をエンクロージャーとして追い出して都市労働者に駆り立てて行ったのですが、わが国では、領主は公的観念・・・一種の法人的理解が進んでいたので、領主の土地支配権は、私的所有とは関係のない公的なものとして、版籍奉還で消滅してしまいました。
これまでも書いてきましたが、日本では江戸時代を通じて公儀という観念とこれに対する「私」の観念が発達していました。
ですから、自分の住んでいたお城でさえ、自宅として自由に処分できる関係ではなく、版籍奉還と共に地方自治体の所有になっています。
(松本城でも鶴ヶ城でも青葉城でも、有名なお城に行ってみれば分かりますが、みんな地元の松本市や会津若松市・仙台市所有の公園です。)
西洋では、今でも古城などが個人の公爵などの持ち物として、ホテルなどになっていますが、日本ではそういうことはありません。
そして、このときの領主支配の下位に属していた各土地の現実的支配者に所有権が割り当てられたのです。
この割り当ては、現実的直接的支配中心に整理したので割合うまく行ったのですが(戦後の農地解放と同じやり方です。)各ムラの入会地や部落有の土地については、具体的所有者がいないということで、領主支配同様に機械的に国有や公有にしてしまったり、部落代表者個人名にしてしまったので、各地で入会権関係訴訟が発生したのです。入会権については、06/04/03「明治政府の中央集権的性格と入会権」で少し書きました。
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