11/29/06

ポツダム宣言の無条件受諾と無条件降伏3(極東軍事裁判)

ポツダム宣言受諾以後政府は、連合軍司令官マッカーサーの支配下に置かれ、独立達成までは、GHQ指令の遂行機関となっていたのです。
日本政府自体が、無条件降伏したからに外なりません。
GHQ指令を効率よく遂行するために緊急勅令(ナチスの授権法と同じです)を制定して、国会を通さずしてGHQ指令に基づく政令が、制定され、法律事項についても効力をもつ仕組みになっていました。
ポツダム緊急令「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件(昭和20年勅令第542号)が、それです。
要するに、サンフランシスコ講和条約締結までは、現行憲法上国権の最高機関であるべき国会の上に君臨していたのが、GHQ指令でした。
勿論、新憲法で保障された筈の言論表現の事由も、占領政策に反しない限度で自由があったに過ぎませんでした。
レッドパージをご存知でしょうが、結社の自由もなかったのです。
これでは、明治憲法で臣民の権利義務に反しない限度で、人権が保障されていたのと何ら変わりませんでした。
敗戦後サンフランシスコ講和条約発効までは、連合軍の直接支配ではありませんでしたが、日本政府と言う機関を通じての事実上の軍政だったのです。
その単的な表れが、極東軍事裁判であったでしょう。
現在イラクの元フセイン大統領が裁判で裁かれていますが、これはあくまでイラクの法廷です。
これに対し、極東軍事裁判は、
@・・・日本の法律ではなく、(どこにあった法律でもなく)日本の現職の大臣であろ
うとなかろうと誰でも、
A・・・日本政府を通さずに(刑事訴訟法の手続は顧慮されず)出頭命令をもって拘引
し、どこの法律か分からない法で以って、事実認定し死刑判決でさえ下す事が出来、
かつ、
執行まで出来たのです。



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