11/24/06
明治末から大正の世相(人心)5(文学者の世界)
漱石と同じ年に生まれたに正岡子規(1867〜1902)と比べてみると、子規は漱石よりも大変な病をわずらっていたにも拘らず、(自殺を思うことさえあったのです)子規は、死の最後まで、悩み・・苦しい詩を書いていません。
(勿論、私の知る限りのことです)
以下に紹介するのは、正岡子規の臨終の句ですが、漱石の初期の作品同様にどこか達観し、死に至る病の自分をこのように詠める・・客観視しているのです。
これが、俳句と言うよりは俳諧の本質ですから、当たり前と言えば当たり前ですが・・・・。
「糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな」
「をととひのへちまの水も取らざりき」
「痰一斗糸瓜の水も間にあはず」)
個性の違いと言うよりも、子規は日本の興隆期・・時代背景の良い内に人生を終えたからではないでしょうか?
島崎藤村(1872年3月25日 - 1943年8月22日)は、叙情的浪漫的な詩で若者の心を掴んでいますが、彼も1904年まで詩人として活躍していましたが、1906年の破戒以後小説家に転じます。
その内容は、御存知のとおり深刻なものばかりです。
これも漱石同様、個人的な「狂」の事情と関連して解説されていますが、時代の流れと無関係ではなかったでしょう。
(何しろ明治30年代には、健康な詩集ばかりだったのです。)
私も藤村の詩集は大好きで、小諸へ行ったとき、あるいは、椰子の実で有名な伊良湖岬に言ったときなど、彼の詩を口ずさまずにいられないほどでした。
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