11/24/06
明治末から大正の世相(人心)4(芸術家の世界)
竹久夢二が活躍したのは、まさに、明治末から大正〜昭和の初めまででした。
(代表作・・やるせない「宵待草」は、1913年・・・・ここ数日連載している鴎外による「阿部一族」の発表とほぼ同時期でした)
勿論「宵待ち草」のやるせなさを歌う歌声も・まさにやるせない病的な気分満載です。(世相を反映し、一世を風靡した流行歌でした)
ここまでは世相・・うわべの流行ですが、庶民は実によく将来の不安を体感していたのでしょう。
庶民が国民を代表するものかと言う向きもあるでしょうから、もう少し内面を掘り下げた文学界を見ましょう。
憂鬱と言えば、文学界では、佐藤春夫の「田園の憂鬱」が1919年、「都会の憂鬱」が1923年と言うところです。
内容は、作家の個人的事情(いわゆる私小説)によるものですが、これが名作として代表作のひとつになっているのは、世相を反映したものだからでしょう。
夏目漱石(1867年〜1916年)は、「我輩は猫である」(1905・・日露戦争勝利)に始って、坊ちゃんや三四郎(1906年)など、最初は、どこか明るいモチーフがあったのです。
(これが、彼の人気の源泉でしょう)
ところが、その後、明治末にかけて次第に暗いモチーフ・・悩み多き内容に変ってい、き最後は「明暗」の執筆途中の1916年死亡しています。
彼の作品の動きを、彼の胃弱・神経衰弱と言う個人事情で解説されるのが、普通でしょう。
しかし、これを時代の流れに合わせて見ると、日清から日露にかけては元気で、次第に、元気をなくして行く・・・日本社会の興隆から終末に向かう流れと見事に一致しているのです。
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