11/24/06
明治末から大正の世相(人心)
3マルサスの意見を、少し詳しく見ると、幾何級数的に増えた人口調整のタメに、戦争その他積極的妨げ(貧困、飢饉、戦争、病気、退廃)や、予防的妨げ(主として晩婚化・晩産化・非婚化による出生の抑制)がおきて、結果的に人口と生活資料は均衡すると言います。
くわえて、生活資料に対しては、その水準を高めようとする人為的努力・・耕地拡大や収穫拡大(しかしこれは算術級数的にしか増えないのです)などにより、上質の人口均衡の生活が待っていると言うのですから、一種の景気循環論的発想の先駆けかも知れません。
この人口理論のうち、予防的行為(出産抑制)は、簡単に出来ないものというのが、当時の一般的考え(諦め)だったのです。
そこで、ペストの大流行みたいなことが発生しない限り、戦争・貧困等による人口調節が必要悪のように思われていたのです。
なぜ、合理的な人口抑制が出来ないかと言うと、将来の暗い予測があればあるほど、人間は出産の抑制をせずに、逆に多くの子供を産む傾向があるからです。
そこが、キャベツの生産調整との違いです。
その原理については、この後に、ベビーブーマーのコラムで書く予定です。
明治末から大正にかけての世相・人心にもどりますと、第1次世界大戦のお蔭で、一時的に好景気になって、日本人は少し元気になりました。
元気になってハイカラ趣味が流行りましたが、大正時代の新風俗として有名なモボ、モガも写真等でみる限り、明治中期までの人間と違い不健康で、どこか病んだ印象の風俗でした。
他方、美術・絵画の世界でいえば、竹久夢二(明治17年(1884年)9月16日 〜 昭和9年(1934年)9月1日)の作品が想起されますが、彼の一連の作品は、なんと病的なのでしょうか?
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