11/23/06
明治末から大正の世相(人心)2(マルサスの人口論1)
そこで、平成までは、明治時代の延長であると言うのが、私の意見の底流になっているのです。
(明治政権が敗戦で終わったのではなく、平成に入って本当に思想的にもおわったと言う意味です)
09/09/04「勝てば官軍」1(薩長閥と戦後政治家の変遷)」などで、薩長土肥系の政治家が、背景に退いたのが、田中角栄元総理ころからですし、その他こうした関心であちこちに書いて来ました。
明治以降、人口と言うものは、倍倍に増えて行くものと殆どの国民は思い込んでいて、人口抑制などは全く不可能だと思い込まされていたのです。
実は、人口が急激に増えたのは、明治以降のことでしかないのに、ちょっと人口の倍倍ゲームが続けば、万代不易にように思い込みやすいものです。
この不可能な筈の人口抑制が、近年何故可能になったかに付いては、この直ぐ後にベビーブーマーのコラムで書きますが、将来の不安が人口抑制すると言う合理的説明ではなく、その逆に安心が人口抑制に作用すると言うことに誰も気づかなかったからです。
これまで、小人・庶民大衆に対する説得は理性ではなく、情緒・本能に訴えねばならないと、11/19/06・・・・3「小人は度し難いか?(広告・宣伝の時代)」前後で書いたのは、その意味です。
マルサスの人口論(1798年人口の原理関する一論)は、まだ私の学生時代には、地動説の如く、誰も疑わずに言われていたものでした。
マルサスの人口論については、当時人口に膾炙していたので、年配の読者の方は、御存知の方が殆どだと思いますが、私の知っている結論だけ紹介しますと、
「人口は幾何級数的に増えるが、食糧は算術級数的にしか増えない」
と言う(一見悲観的?)定義です。
これでは、いつか破綻するしかないのですから、この調整は戦争や飢饉・・ペストの大流行のような破局を待つしかないのです。
要するに彼の意見は、当時頻発していた戦争を必要悪として肯定する理論でもあったでしょう。
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