11/23/06

明治末から大正の世相(人心)1人口論1

人口問題などは、あったとしても人口増加抑制すればいいだけだから、国・・民族の破局の予兆など大げさに感じていたと言うのは、おかしいと思う方が多いでしょう。
しかし、人口問題が第2次世界大戦の根源的原因であったと言う意見は、これまで誰からも聞いたことが有りません。
たぶん、いまでも、私1人の独断・・・珍説でしょうが、私に言わせれば、誰も気づかなかったからこそ、漠然とした不安でしかなく、予兆としてしか受け止められなかっただろうと言うのです。
問題点が分かっていれば、漠然とした不安は起こらないのです。
そのうえ、私に言わせれば、私の学生時代までは、人口抑制などは元来不可能であると言うのが支配的考えでした。
そのころは、明治維新はすばらしい出来事だったと言う教育ばかりで、その反動として、江戸時代は、だめなマイナスばかりの時代と言う前提の思想でした。
江戸時代の人口抑制の智恵に学ぶなどの発想を、誰も思いつかない時代だったのです。
暗黒・停滞の中世と言う西洋史の概念を、日本の江戸時代に当てはめて良しとする時代でした。
(いつのまにか、今では、江戸時代は中世ではなく、近世と言う時代区分に変りました。)
徳川体制を打倒した明治政権下では、江戸時代の良い点を学ぶなどは、反逆思想的でしたから、誰も研究もしないし封じ込められていたのです。
江戸時代が復権し始めたのは、山岡壮八の描く徳川家康あたりからであると言うことを、01/31/04「吉宗以降の幕府 2」で書いた事があります。
それまでは、真田幸村(真田十勇士)などを主人公にして出てくる家康と言えば、狸親父・・悪賢いと言う悪役ばかりだったのです。
歌舞伎の「盛綱陣屋」などもその一種でしょう。
昭和40年代ころから、先覚者では、江戸時代の生き方に学ぶ姿勢がでて来て、これが一般に普及し始めたのが、平成以降(エコロジーな生き方)と言うところでしょうか?



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