11/21/06

玉砕の美学2(政治家に必要な資質)

このように、重大な戦争を始めることの決心自体が、合理的決断ではなく、玉砕の美学に毒されていますし、戦争の課程でもアッツ島玉砕・・玉砕・玉砕のオンパレードです。
いわゆる特攻機による攻撃も、玉砕の美学の線上にあるでしょう。
悲劇の主人公になったつもりで酔いしれるのは個人の勝手だとしても、多くの国民の命を預かる為政者の判断基準が、これでは困るのではないでしょうか?
森鴎外の作品は、徳川初期の細川家の重臣阿部一族の顛末を描いたものですが、こうした武士の意地だけで玉砕を選ぶ美学は、徳川期に本当にあったのか?と言うのが今回の疑問です。
年代別に見て行きますと、森鴎外のこの作品は、1913年(明治天皇の崩御と乃木大将の殉死があった年の翌年)1月に中央公論社に発表されたものです。
この後にも書きますが、作品の内容が鎌倉時代であろうとも、戦国時代であろうとも、その登場人物の心理描写や、主従関係夫婦関係の有り様、あるいは作品を流れる美学・・精神世界は、作品を書いた作者の思想・・・結局は、その属した時代精神で創作するしかないのです。
義経関係の歌舞伎が滅びの美学として書かれ、演じられているから、昔からそうだろうと言うのではなく、そのようにいつころから書かれるようになったのかが、重要です。
江戸時代の農民一揆も、タダ玉砕するためではなく、功利的打算で行なわれて来たことを前回のコラムで書きましたが、戦国時代に武士が城を死守するのもそれぞれ功利的計算で行われたものでした。
あるいは忠臣蔵でもそうですが、討ち入りして切腹するために行動したのではなく、就職活動として行動したものであることを、01/27/04「赤穂浪士は何のために結集したか?(忠臣蔵3) 」のコラムで書いて来ました。
そう言う実利を、そのまま書いたのでは、実も蓋もないし、興行的に成立たないので、文学作品では、悲劇仕立てにするだけです。
そこで、以下、「阿部一族」の検証(と言うほどのことはなく、私の想像・推論だけですが・・・)してみましょう。



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