11/20/06

社会矛盾の解決と外圧利用(国家による武器の独占)1

現在社会では、中央集権化していて幕末の薩長のような、在野の武装勢力は、存在しないのです。
11/11/06「人口政策と第2次大戦7(親方日の丸の無責任体制3)」で書きましたが、現代社会では反政府軍の成立余地が極度に少ないので、政権の転覆は、内部的謀反・・クーデ・ターによるしか考えられないでしょう。
クー・デター(coup d'etat )と言うのは、宮廷革命と翻訳されるように、体制内の権力争いでしかないので、何回繰り返しても、体制の根幹を変える改革を期待することはできません。
ベトナム戦争のころに、南ベトナム政権でクデターが繰り返されましたが、こうした視点で見れば分かり良いでしょう。
そこで社会矛盾の打開は、政権の外側からの革命か反乱軍による政権奪取しかないのですが、中央集権国家の成立・・武器の独占が確立してきたので、反乱や革命が起きる素地がなくなっているのです。
明治初年の西南の役に代表される各地士族の反乱(神風連・萩など)が、農民主体の徴兵された軍に負けたことを、徴兵制の輝かしい成果のように、大抵の教科書では書かれています。
(世界史の歴史学者は、ナポレオンの国民軍・・要は徴兵制です・・を画期的なこととして賛美する傾向がありますし、歴史学者の書き方を見ると、徴兵制を復活したいのでしょう・・か?)
私に言わせれば、(いつも私の独自の考えですが、)反乱軍が直ぐに鎮圧されたのは、徴兵制の成果ではなく、近代兵器の国家独占によるだけのことです。
士族側は手持ちの刀や槍、たまには、少しの大砲もあったでしょうが、近代装備では政府軍に及ぶべくもなかったのですから、負けただけです。
兵糧、装備の補給も有りません。
それに、元々、政府のやり方に不満を持った旧士族達が、意地で抵抗しただけで、最後まで勝ち進んで東京に迫り、政権を奪取するつもりまでは、なかったことは誰の目にも明らかでしょう。
そういう意味では、政権奪取を目的とする諸外国の反乱軍とは意味が違い、もしかしたら、農民一揆の伝統を継いだものだったかも知れません。
ある程度騒げば、政府も自分たちの処遇を考えてくれるのではないか?と言う「甘えの精神構造」があったかもしれません。
首魁は捨石として、佐倉宗五郎のように処刑されても仲間の処遇が改善されたら良しとする思想です。



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