11/19/06
陋習・・牢固な庶民意識2(事実直視能力)
08/20/06「裁判員制度2(事実認定と量刑手続3)」のコラムで、裁判官の事実認定能力について少し触れましたが、我々プロと素人の差は、
「雑多な諸事情の中から、推論して行き、そこに存在する事実を抽出する能力の差である」
とでもいえるでしょう。
相談者は自分で経験しているのですから、本来は事実について最も良く知ってるはずですが、事情聴取しているうちに、
「そういう事情では、あなたの主張している事実とおりとは、認められませんね。」
という結論になることが多いのです。
3週間ほど前に、株取引での証券会社とのやり取りについての苦情相談がありましたが、証券取引で、普通にやり取りされるであろう前後事情(争いのない事実)を一々聞いて行くと、相談者が聞かなかったと言う主張に無理があるのです。
相談者は、
「水掛け論だから駄目ですか?」
と聞くのですが、
「前後の株式の売買行動は、その話が前提になければならないことだから『知らなかった』は通らないでしょう。」
と言うことなのです。
水掛け論だから、どちらが本当のことが分からないと言うことでは、有りません。
家督相続制は、前々回紹介したように大分前から社会実態から言って、その存在意義が矛盾していたので、放置するとその存続が危ぶまれる事態になっていたのです。
だからと言って、その方向に制度や社会意識が徐々に進んで行ったのではありません。
その分、危機感をもった政権側では、より強力に制度を維持するために精神教育強化に邁進しました。
こういう場合、却って逆方向へ向けて強化されるものです。
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